――そのとき、事務所内に衝撃が走った。
「ええっ!? 悠介っちと享介っちって、そーゆーカンケーだったんすか!?」
青年――伊瀬谷四季の声で、事務所内の空気がざわめく。驚いたような顔を浮かべる者や、「今更気が付いたのか」という顔をする者。そんな話など端から興味がないとの態度を示すものもまた少々だ。
これは315プロダクションの、とある一日のお話。
事の発端は、今から少しだけ前に遡る。事務所内の一画に設置された談話室では、数名が各々自由に寛いでいた。会話に花を咲かせるもの、のんびりとお菓子を食べているもの、そして――。
「なーなー、享介~」
「ん? 何、悠介」
ソファに座りながら本を読んでいる人物、それは蒼井享介だ。そして彼の背後に立ち、声を掛けているのが、双子の兄である悠介である。話しかけながら悠介は腕を伸ばし、ソファ越しに享介をやんわりと抱き締める。そんな兄のことを咎めることもせず、さも自然であるかのように享介もそれを享受していた。
享介は読んでいた本から目線を離すと、自身の後方にいる悠介の方へと顔だけを向ける。そこにはにこにこと朗らかな笑みを浮かべる悠介の姿があった。
「享介、なんの本読んでんの?」
「普通の小説だよ。こないだふたりで本屋行っただろ? そのときに買ったやつ」
「あのときのか~。そういえばさ、さっきコンビニで新製品見つけたんだけど、享介も食べる?」
「おっ、いいな! 食べる食べる!」
悠介の誘いに、享介は読みかけの本を完全に閉じた。そしてそれを邪魔にならないようにと、机の脇に置く。そんな享介に終始視線を向けながら、悠介は丁度ひとり分だけ空いていた享介の隣の席へと腰掛けた。
悠介はソファに座るとまず、手にしていたコンビニのビニール袋の中身をごそごそと弄った。すぐにその手は止み、代わりにふたつのコンビニスイーツが姿を現す。そのどちらにも、「新発売」と銘打ったシールが貼りつけられていた。
「おおー、美味そうじゃん!」
「だろ? 享介、どっちがいい?」
「悠介が買ってきたんだし、好きな方選んでいいよ」
「そう? じゃあ、んーと……こっちで!」
暫くふたつのスイーツの間を行き来していた悠介の手が、ぴたりと止まる。悩んだ挙げ句手にしたのは、イチゴが乗せられたスイーツだ。
悠介が片方を手にしたのを見るなり、続いて享介も余ったもう一方のスイーツに手を伸ばす。ふたりはスイーツの蓋を取り、添えられていたスプーンを取り出すと、それぞれ手にした甘味をぱくりと口に含んだ。
「ん、美味い!」
「こっちも美味しい! あ、そうだ享介」
互いが一口を食べ終えた後、悠介からの視線に気が付いた享介は、目線を兄の方へと向けた。すると享介の目に映ったのは、何やらスプーンを差し出している悠介の姿。やけににこにこしていて、何を企んでいるのかと享介は少しばかり訝しむ。
「……なに」
「一口食べる? ほら享介、あーん」
「ここは事務所だろ……。流石にそれは」
「えぇ~、でも家に持って帰って食べる訳じゃないだろ? いいじゃん、別に」
享介がやんわりと断って見せれば、悠介はあからさまに落ち込んだような表情を見せた。その様がどうにも子犬のように思えてきて、半ば絆されるように、まあいっかと享介は小さく口を開ける。瞬間、悠介の顔にはぱあっと笑顔が咲いた。
開かれた享介の口に、悠介は一口分のスイーツを乗せたスプーンを滑り込ませる。そして享介がスイーツを口に含んだことを確認すると、悠介はすっとスプーンをそこから抜き取った。
「……どう?」
「うん、悠介のも美味いな」
口の中のものをゆっくりと咀嚼し、飲み込んだ享介は、美味しいと素直に感想を述べる。そして徐に手にしていたスプーンで自身のスイーツを掬うと、それを悠介の目の前に差し出した。
「……ほら。どうせ悠介も食べるんだろ?」
勿論、と言わんばかりの表情で、悠介は目の前のそれをぱくりと口に含んだ。先程の享介と同じように、悠介もそれを咀嚼する。全てを飲み込んだ後、悠介は嬉しそうに口を開いた。
「おー、こっちも美味い! ありがと、享介!」
悠介にとっては、ただの礼のつもりだったのだろう。悠介は享介の頬へと軽く触れるだけのキスをする。だが、享介は少し違った。突然のことに対する驚きと、皆の前だという事実に対する羞恥心。それらが綯い交ぜになったような表情を、享介は浮かべた。
「っ! だからここは事務所だって言ってるだろ! ……家じゃないんだから!」
思った以上に大きな声で、悠介のことを窘めてしまった。享介がそのことに気が付いたときには既に、後の祭りであった。享介が周りを見回すと、皆の視線がふたりに集中している。そしてその静寂を裂くようにして、四季が言葉を言い放ったのだ。
「そういう関係って……。まあ今更否定はしないけどさ」
四季の言葉をやんわりと肯定しながらも、寧ろもう気付かれてるとばかり思ってた、と享介は呟いた。なんだか恥ずかしさが込み上げてきて、享介は思わずそっと四季から目線を外す。
「てっきり凄く仲のいい兄弟だとばかり思ってた……」
享介の向かいに座っていた隼人の言葉に、四季もうんうんと大きく頷く。するとその様を暫く眺めていた悠介が、徐に口を開いた。
「オレ、別にフツーにしてるだけなんだけど?」
「ふ、普通なんだ……あれで……」
困惑する周囲と、事態がよく分かっていないのか、首を傾げる悠介。その両方を見ながら、更に羞恥心が募る享介。享介は隣に座る兄へと向き直った。
「大体、悠介が必要以上にくっついてくるのがダメなんだろ!」
「えぇ~、だって享介と一緒にいたいし」
「そ、そりゃ俺も悠介とずっと一緒にいたいけどさ……」
享介の言葉に、至極当然のことをしているのだと言わんばかりの回答を、悠介はする。だが否定することもできず、しようとも思えずに、享介もその言葉に同意した。悠介と同様、いつでも片割れといたいということは事実に相違ないのだから。――だが、周囲は再び目を見開く。
「ほらー! またふたりいちゃついてる!」
そう言い放った隼人の言葉に、悠介と享介は顔を見合わせた。何がおかしいのかが分からない。そういう表情を揃って浮かべれば、再び四季の口が開いた。
「ふたりとも無自覚なんすか、もー!」
困ったように叫ぶ四季の言葉に、またもや首を傾げざる得ない悠介と享介であった。