収録:享悠/硲享/モブ享/CPなし
スキンシップじゃ足りない[享悠]
初めはただの戯れのつもりだった。いつものように抱きつこうとする兄を、享介はさも当然の如く受け入れた。明朗な笑みを浮かべながら、悠介は享介の腰に腕を回す。
戯れに等しいその行動に、勝手に意識したのは自分のほうだ。腰に触れた掌に一度意識を向けてしまえば、思考はそこにばかり集中する。
――違う。今はそういう雰囲気のときではない。享介は内から湧き出た欲を寸でのところで呑み込む。だというのに。
「……享介?」
のぞき込むように顔を傾けた悠介に思わず身じろいだ。どうしてそう、無邪気な表情を向けるのだろうか。自分はこんなにも兄に、悠介に、欲情してしまっているというのに。
「……悠介、ごめん」
突然の謝罪に、訳が分からないと言った面持ちで、目の前の兄は首を傾げる。けれどそんな悠介に、紡ぎかけた彼の言葉を遮るように、享介は目の前の唇を塞いだ。
あなたは悠介×享介で【敏感なところ / スキンシップじゃ足りない】をお題にして140字SSを書いてください。(https://shindanmaker.com/468263)
※悠享でやったお題ですが享悠で書きました。
初めての2月14日[硲享]
せんせーとの関係に新たな肩書きが加わってから、初めてチョコレートを買った。板チョコでも、チョコ菓子でもない。ちょっぴり背伸びした、綺麗にラッピングされたものだ。
少しだけでもせんせーに近づきたくて、オトナに見られたくて。かつてチョコを手渡してくれた子たちも、こんな気持ちだったのだろうか。高鳴る心臓を必死に鎮め、その後ろ姿に声を掛けた。
「みちおせんせー、あの……これ!」
振り向いた彼に、震える手でチョコを差し出す。せんせーは僅かに目を見開いて、すぐにふわりとはにかんだ。
「ありがとう、享介君」
ああ、鼓動が早くなる音がうるさくて堪らない。このまませんせーにまで聞こえてしまうのではないかと、そう思ってしまうほどには。
碧を駆ける[人魚の血を引く享介の話]
――走る、走る、走る。埃臭い路地を抜け、できるだけ狭い道を選び、ただ遠くへと。とにかく逃げなきゃと告げる本能に突き動かされるまま、青年はひたすら駆け抜けた。
とうの昔に息は切れ、ぜえぜえと肺が悲鳴を上げる。けれども、こんなところで捕まるわけにはいかないのだ。いつの日か分かたれてしまった、広い海のどこかにいるはずの半身に出会うまでは。
「……いたぞ、あっちだ!」
「人魚は金になるからな! 絶対に逃すなよ!」
男の声が聞こえ、思わずひゅっと息を飲んだ。
厳密には人魚じゃなくて人魚の血を引いているだけなんだけどな、と。そんなことを思う暇もなく、今までよりも強く地を蹴る。とにかく逃げ込める場所はないかと、辺りを見回した。
「あ、うみだ……」
細い路地の行く先にあったのは、陽光を受けて煌めく水面。懐かしい潮の香りが鼻腔を擽り、きゅい、とカモメが上空を優雅に泳ぐ姿が目に止まる。できれば最後の手段に取っておきたかったのだが、今はどうこう言っていられる場合でもなかった。
幸い、彼らはまだ追い付いてきていないらしい。最後の力を振り絞り、アスファルトから海岸へと降りる。纏った布を手で裂き、靴まで投げ捨てると、漸く身軽になった。
ばしゃばしゃと飛沫を立てながら、海へとまっすぐ駆ける。段々と脚の自由が利かなくなり、そろそろ走るのも限界かと悟った。まだまだ浅瀬ではあったが、それでも泳ぎ始めるには十分だろう。既にその脚は魚の如く鱗を纏い、鰭を持つ姿に変質していた。
「! 待て……!」
先程の男たちの声が、遠くで聞こえる。だが待てと言われて素直に待つ馬鹿が、一体どこにいるだろうか。海岸線で足止めを食らう彼らを見て、青年は密かに鼻を鳴らした。
(――俺はまだ捕まらない、捕まってなんかやるもんか)
一度その身を口にすれば不老不死となり、零す涙は酷く艶やかな大粒の真珠となる。数多の伝説を残す人魚の血が流れる彼もまた、売人に追われる日々だ。
だがそれでも、青年は逃げ続ける。夕陽をその髪に溶かしたかのような人魚は、碧い海へと深く深く潜っていった。
2018年パ大のグループFを見て、人魚の血を引く享介に想いを馳せながら書きました
囚われの碧[モブ享]
――走る、走る、走る。埃臭い路地を抜け、できるだけ狭い道を選び、ただ遠くへと。とにかく逃げなきゃと告げる本能に突き動かされるまま、青年はひたすら駆け抜けた。
とうの昔に息は切れ、ぜえぜえと肺が悲鳴を上げる。けれども、こんなところで捕まるわけにはいかないのだ。いつの日か分かたれてしまった、広い海のどこかにいるはずの半身に出会うまでは。
「……いたぞ、あっちだ!」
「人魚は金になるからな! 絶対に逃すなよ!」
男の声が聞こえ、思わずひゅっと息を飲んだ。
厳密には人魚じゃなくて人魚の血を引いているだけなんだけどな、と。そんなことを思う暇もなく、今までよりも強く地を蹴る。とにかく逃げ込める場所はないかと、辺りを見回した。
「あ、うみだ……」
細い路地の行く先にあったのは、陽光を受けて煌めく水面。懐かしい潮の香りが鼻腔を擽り、きゅい、とカモメが上空を優雅に泳ぐ姿が目に止まった。
だが、その刹那。ぐ、と背後から口を塞がれ、屈強な腕に捕らわれる。目線だけを後ろに遣ると、先の男がそこにはいた。
「やぁっと捕まえた……。随分と手こずらせやがって」
「ッ、ん、んん! んぅ、ん……ッ!」
嫌だ、駄目だ、こんなところで捕まりたくなんてない。辛うじて動く手足をじたばたさせ、青年は必死にもがく。けれどもそれ以上に押さえつける力が強く、男はびくともしなかった。それどころか、なおも抵抗する姿に苛立ちを覚えたらしい。舌打ちをした男の手が、青年の顔を上に向かせた。
「オラ、暴れんな!」
「んん、んっ、ん……!」
「ほんっと、お綺麗なカオしてるよなァ。人魚ってのは、みんなこうなのか?」
舌なめずりした男が、まじまじと顔を覗き込んでくる。品定めするような下卑た視線を向けられ、ふつふつと嫌悪感が沸き上がってきた。
じわりと目頭が熱くなり、視界が涙で歪む。つう、と冷たい小粒の珠が頬を伝うと、それを見た男がにんまりと口角を吊り上げた。
「おお、本当に涙が……! もっと泣かせたら、もっと高く売れるよなァ?」
「んんっ、んぅ、んん……ッ!」
「グヘヘ、今から俺たちがいっぱい泣かせてやるからよ。存分に泣けよな、お綺麗な人魚さん?」
さあっと血の気が引き、青年からは声にならない叫びが漏れる。だが長い間口を塞がれていたせいか、そろそろ息も限界だった。次第に朦朧としていく意識の中、男に身体を担がれる。
一体このまま、何処に連れていかれるのだろうか。そして連れていかれた先で、何をされるのだろうか。想像したくないはずなのに、なんとなく予想ができてしまう自分がいる。
どうか嫌な予感が当たりませんように、と。願っても意味のないはずの祈りをしながら、青年はふっと意識を手放した。
『碧を駆ける』のモブ享差分でした