いつもと変わらない、平穏な一日。
そんなひとつひとつが僕たちの大切な宝物。
「……っとくん! 熱斗くん、起きて!」
ロックマンはいつものように熱斗を起こす。
もうこれはロックマンにとって日課であるが、それでも朝に弱い熱斗はいつまでたってもなかなか起きられないのだ。
今だって先ほどからずっと呼びかけているのに熱斗は未だに夢の中。
今日が日曜日だからといってずっと寝ていては生活リズムがおかしくなる。
ロックマンは息を大きく吸い、もう一度熱斗の名前を呼んだ。
「熱斗くん! 起ーきーてー!」
「……んー?」
どうやら今の声で少し意識が浮上したらしく、とりあえず返事はしてくれた。
しかしそれでもまだ熱斗は寝ぼけていた。
「寝ぼけてる場合じゃないよ! メールも届いてるし早く起きてってば!」
「朝からうるさいなぁロックマンは……」
「朝というかもう11時だよ! 日曜日だからっていい加減起きないと!」
「はいはい……」
ロックマンの言葉でしぶしぶベッドから出た熱斗は、もぞもぞと服を着替え始めた。
まだ眠気が完全に覚めたわけではないらしく、目をごしごしと擦っていた。
「さっき熱斗くん寝ぼけてたからもう一回言っておくけどメイルちゃんからメールが届いてるよ!」
「メイルから?」
「うん、じゃあ読み上げるね。えーっと……、『今日の11時に私の家まで来てほしいんだけど大丈夫かな?』……だって」
メールの内容を確認した熱斗とロックマンは苦笑した。
「11時……」
「過ぎちゃってるね……」
「とりあえずメイルに遅れるって伝えといてくれるか?」
「わかった! ボクちょっと行ってくるからさっさと準備済ませてね!」
「わかってるって!」
ロックマンがロールのところへ向かったのを見届けると、熱斗は大急ぎで身支度を続けた。
桜井家のチャイムを押すとすぐに玄関のドアが開き、メイルが出てきた。
「もうっ! 熱斗遅い!」
「ごめんって!」
「まあいっか。さ、入って入って!」
「うわっ、メイル! 押すなって!」
謝った熱斗を見てメイルは熱斗を家に上げ、そのまま熱斗の背中をぐいぐいと押してメイルの部屋の前まで連れて行った。
メイルが部屋の扉を開く。
そこにいたのはデカオややいと、それに炎山の三人だった。
「お待たせ! 熱斗連れてきたよ!」
「おせえぞ熱斗!」
「レディを待たせるなんていい度胸ね!」
「……全く」
「デカオ、やいと、それに炎山!?」
待ちくたびれたという顔をしたデカオとやいと。
呆れ顔の炎山。
そして隣でにこにこ笑っているメイル。
熱斗にはいまいち状況が把握できていなかった。
「熱斗、今日は何の日か当然覚えてるわよね?」
「今日……6月10日……。……あ、誕生日か!」
「そう! だからみんなでお祝いしようと思って集まったの!」
嬉しそうな顔で話すメイルに口を挟むように炎山が続けた。
「俺はたまたま近くまで来てたところを連れてこられただけだけどな……」
「そんな余計なことまで言わなくていいの! ほら、始めるから熱斗も早く座って!」
「あ、うん!」
そこから熱斗の誕生日パーティーと称した、ささやかな会が開かれた。
5人でケーキを食べながらたわいもない話をしたり、デカオの持ち込んだゲームをしたり。
そんな楽しい時間はあっという間に過ぎてしまうもので、気が付けば日が傾いてくる時間帯になっていた。
「そろそろ社に戻らなければ……。一応連絡は入れてあるから大丈夫だが、俺はそろそろ帰るとするか」
「炎山くん忙しいもんねー。ごめんね、無理言って引き止めちゃって」
「いや、楽しかった。たまにはこういうのもいいもんだな」
「私も炎山くんといろいろ喋れて楽しかったよ」
「俺たちもそろそろ帰った方がいいかもな」
「そうだなー。今日はほんとありがとな、オレのために。楽しかったよ!」
「そうね、楽しかったわ。まあ主役の光くんが遅れてくるとは思わなかったけど」
「うるさいなー、もう忘れろって!」
先に帰り支度を始めた炎山に続いて熱斗やデカオ、やいとも立ち上がり、喋りながら帰り支度を始めた。
そして各々が帰り支度を済ませるとみんなで玄関先へ行き、そして別れた。
「ただいま!」
熱斗が帰宅すると、台所でははる香が夕飯の支度をしていた。
今日も料理のいい匂いが玄関先まで漂っている。
この匂いは間違えるはずもない。
熱斗の大好物の匂いであった。
「あらおかえり熱斗」
「今日晩御飯カレーでしょ!」
「そうよ! 熱斗の誕生日だから熱斗の好きなもの作ろうと思ってね。できるまでまだもう少し掛かるから、できたら呼ぶわね」
「うんわかった!」
熱斗は手を洗うために洗面所へと行った後、自室へと向かった。
「今日はびっくりしたなー。まさかメイルたちがあんなことを企画してたなんてな!」
「なのに熱斗くん寝坊するし……。もう、ちゃんと起きなきゃダメだよ!」
「はははっ、これから頑張るって……」
寝坊したことをあまり反省していない様子の熱斗をロックマンは叱る。
それはいつものことであり、熱斗は軽く受け流す。
そして、先ほどとは違う面持ちで熱斗は話を続ける。
「なあ、ロックマン……彩斗兄さん」
彩斗兄さん。
兄としての名を呼ばれたロックマンは一瞬考えたのちに返事をした。
「……なあに?」
「さっきは言えなかったけどさ、彩斗兄さんも誕生日だから。……誕生日おめでとう、兄さん」
めいっぱいの笑顔でそう言った熱斗に、ロックマン……彩斗も笑い返す。
「うん、ありがとう熱斗」
「オレは彩斗兄さんがいつも居てくれるから今までも、これからも元気でいられるんだ」
「ボクもね、人ではなくなったけどこうしてナビとして熱斗と一緒にいられて幸せだよ」
「彩斗兄さん……」
急に泣きそうな顔をした熱斗に苦笑する。
ああ、本当にこの子が弟でよかったと、オペレーターでよかったと、そんな気持ちでいっぱいになりながら彩斗は息を吸った。
そして一言。
「なーにしんみりしてるのもうっ! 誕生日なんだから笑ってなきゃ! ね?」
「そうだよな……うん! そうだな!」
「もうそろそろご飯なんじゃない?」
ロックマンがそう言ったときにちょうどはる香の声が聞こえてきた。
「ほら、ご飯だって!」
「ははっ。あーあ、オレお腹空いちゃった! ……よし行くか!」
また笑顔になった熱斗は、PETと机に置いてある写真立てを持ってリビングへと向かった。
熱斗がリビングへ行くと祐一朗が既に帰ってきており、食卓の席に着いていた。
「パパ! おかえり!」
「ただいま。さて、揃ったことだしご飯にしようか」
「うん!」
熱斗は席に着いてから自分の隣の席、空席になっている箇所の机に、部屋から持ってきた写真立てとPETを一緒に並べた。
二人の小さな男の子が写った写真。
それは熱斗がとても大切にしている宝物のひとつであった。
それを見た祐一朗とはる香は互いを見合って微笑み合った。
そして祐一朗が熱斗とその隣の席へ向かって言った。
「彩斗も熱斗も誕生日おめでとう。本当に僕たちの子供に生まれてきてくれてありがとう。これからもずっと仲良くするんだぞ?」
「「うん!!!」」