「あー今日雨かー。折角遊びに行こうと思ってたのになー」
「こればっかりは仕方ないよ、熱斗くん」
「そうだけどさー」
熱斗はリビングのソファに寝そべりながらPETの中のロックマンに話しかけていた。
外は生憎の雨。
ここ最近は晴れの日が多く、植物たちにとっては恵みの雨であっただろう。
しかしながら小学生の熱斗にとって、雨の日とは外に出て遊ぶことのできない退屈なものでしかなかった。
「あー、暇だなあ……」
「そんなに暇なら宿題すればいいのに。早く終わらせるに越したことないよ」
「大丈夫だって！ ちゃんとやるからさー」
「もう……。毎年そう言って夏休みが終わる直前に慌ててやってるじゃない……」
いつものように宿題についての話をしているとき、キッチンにいたはる香に突然声を掛けられた。
熱斗は「なにー？」と返事をしながらリビングへと向かった。
「熱斗、退屈なんでしょう？折角だからお昼ごはんを食べながら面白い話でもしてあげよっか」
熱斗がキッチンへ行くと、はる香は身に着けていたエプロンを畳みながらそう言った。
後ろには昼食にと作られた、はる香お手製の色鮮やかな冷やし中華がふたつ並べられていた。
「面白い話？」
「そう。なかなか興味深い話よ。気になるでしょう？」
笑顔でそう言うはる香に、熱斗は「うん」と言って頷いた。
◇
「ママ、ところでさっき言ってた話ってなに？」
冷やし中華も殆ど食べ終わった頃、先ほどの話が気になった熱斗ははる香に問いかけた。
はる香は熱斗と熱斗の座っている席の隣の空席に置かれたPETを順番に見遣ると、口を開いた。
「熱斗は雨が好き？」
「雨が降ってると外で遊べなくなるからあんまり好きじゃないかなー」
「じゃあ、雨の音をゆっくり聴いてみたことってある？」
「うーん雨の音かぁ……」
「そう、雨の音」
「あんまりないかも……」
「雨の音を聴くと気持ちが落ち着くっていわれてるんだけどね、あれにはきちんとした理由があるそうよ」
「理由？」
「あのね、雨の音ってお腹の中にいるときに聞いている音とよく似ているらしいの。だから落ち着いた気持ちになれるそうよ」
「そうなんだ……」
「どう？ひとつ賢くなったでしょう？」
はる香は話し終えると残っていた僅かな冷やし中華を食べ切った。
そして急に考え込みだした息子の姿を見ては微笑むのであった。
◇
昼食後、自室へ戻った熱斗はベッドに横になりながらPETに向かって話しかけた。
「なあロックマン、さっきのママの話だけど……」
「うん」
「うまく、言えないけどさ。その……」
「大丈夫。……多分、熱斗くんの言いたいこととボクの今考えてることは同じだと思うから」
「そっか……」
先ほどよりも勢いを増す雨脚。
熱斗とロックマンはゆっくりと目を閉じた。
ざーざーと降りしきる音。
ぽちゃり。
ぴちゃり。
窓にぶつかって、ぽとりと伝わって、落ちていく音。
雨に濡れた道路を車が通ったときの音。
音は重なり合って、ひとつとなる。
その一瞬一瞬がたまらなく心地よい。
「雨ってこんなに落ち着くものだったんだな……」
「うん……」
「オレたちもさ、こうやって一緒に聞いてたのかな……」
「そうだね……」
すぅ……っ、と深呼吸をする音がPETから聞こえた。
そしてもういちど言葉を紡いだ。
「熱斗くん……、ボクはね、熱斗くんの兄として今を生きられなかった。でもね、こうしてナビとして熱斗くんの側にいれることが、とっても嬉しいんだ。この先も、ずっとずっと、ボク、熱斗くんの側にいてもいいかな。熱斗くんにおはようって言ったり、怒ったり、励ましたりしても、いいかな……」
その言葉を聞いた熱斗は、思いっきりPETを抱きしめた。
普段笑顔で溢れたその目には、うっすらと涙が浮かんでいた。
「いいもなにも！ ずっとずっと、オレ達は一緒に決まってるだろ……っ！！！」
「熱斗くん……」
「ロックマンは……、彩斗兄さんはオレの兄さんだろ……！ だから、例え離れろって言われたって離れない！ 離れてやるもんか……！！！」
「うん……！ ボクも離れない！ なにがあっても熱斗くんの側にいるからね……っ」
涙を流したり、抱きしめあったり、そういった普通のことはできない。
けれど、確かにふたりは兄弟であり、親友であり。
昔ふたりを包んでいた水に帰ることはもうできないけれど、それでもふたりでいつまでもいられるならば。
心を包む柔らかな音色は、いつの間にやら静かになっていた。
