一日独占権

2021年拓斗くん誕生日記念


「蒼司の一日がほしい!」
  わずかな逡巡ののちに返ってきた言葉が、蒼司の胸にまっすぐ突き刺さる。言い放った拓斗の眩しい笑顔に、思わず目を眇めた。

  始まりは、ごく些細な問いかけだった。
  拓斗の誕生日を間近に控えたある日。蒼司は無意識に眉をしかめながら、スマートフォンの画面とひたすらにらめっこをしていた。理由は単純明快。幼馴染であり、恋人でもある拓斗への誕生日プレゼントが決まらないのだ。
  幼馴染であるがゆえに、拓斗とは昔から互いの誕生日にプレゼントを贈り合うのが半ば習慣と化していた。それ自体は別に構わないのだけれど、こうも毎年のように贈っていると、なにをあげるべきかそろそろ迷ってしまうようにもなってきていた。別にはっきりとした約束をしているわけでもないから、迷うくらいならば無理に用意する必要もないのかもしれない。だが今更「今年はプレゼントなし」と言ってしまうのもおかしな話ではあるし、第一今年は――今年だからこそ、例年以上にしっかりと考えておきたい気持ちがあった。
  ――そう。今年は蒼司が拓斗と交際を始めてから、最初の誕生日。拓斗の喜ぶ顔が見たいという思いは毎年変わりないが、それでもやはり去年までとはなんとなく違った感情を抱えているのもまた事実だ。とはいえ、ただひとりで思い悩むばかりでは堂々巡りが続くだけに過ぎない。それならばいっそのこと本人に訊ねたほうが早いのではないだろうかと、蒼司は意を決して拓斗の元を訪れたのであった。
「拓斗、誕生日になにか欲しいものある?」
  どこか落ち着かないような気持ちをなんとか抑えつけて、蒼司は平然を装い問うた。そして拓斗から返ってきた答えが、先のひと言である。
  一日がほしい、とは果たしてどう解釈すべきなのだろうか。蒼司の口からは、思わず「え?」と間の抜けた声がついて出た。すると拓斗は満面の笑みを浮かべたまま、楽しげに言葉を続ける。
「俺は蒼司の一日がほしいな。あ、もちろん蒼司が俺のためにって考えてくれたものをくれるのでも、めっちゃ嬉しいんだけどさ。……でもやっぱり、一番嬉しいのは蒼司と一緒にいられる時間かなって思って」
「お前な……。なんでそう……」
「うん?」
「なんでもない」
  みるみるうちに熱の溜まっていく顔をひた隠すように、蒼司は静かに頭を抱える。しかしため息はこぼれたものの、悪い気は無論しなかった。ともに過ごす時を大切に思っているのは、なにも拓斗だけではない。蒼司にとっても、かけがえのない時間となるのだ。――ただ、それを口に出して言うのはなかなかにハードルが高いのだけれども。
「……けどお前、スタオケでも誕生日パーティーはやるだろ?」
「うん、すっげえ楽しみ!」
「じゃあさ、その……お前の言う『俺の一日がほしい』……っていうのは、具体的にはどうするんだよ」
  蒼司の疑問に、拓斗はうーん、とわずかに唸る。しかしすぐに顔を上げ、それから蒼司の手を取った。
「デートしようよ!  ほら、誕生日パーティーって毎回夕方とか夜とかにやってるだろ?  だから昼間は蒼司とデートして、夜はみんなでわいわいする。うん、完璧」
  ぐっと親指を立てながら、拓斗は「どう?」と問いかけてくる。それならば、と蒼司は頷いた。
「なら俺としたいこと、拓斗が考えといて。……お前の誕生日だし、俺の一日をあげるんだから」
「うん、わかった!  考えとく!」
  拓斗は少しだけ目を見開いて、そしてすぐに勢いよく返事をした。翠の双眸には星屑がきらめいていて、蒼司ばかりを映し出している。まだ約束をした段階だというのに、拓斗は本当に嬉しそうだ。その表情に引き摺られるように、蒼司の頬もつい緩んでしまった。



  七月二十六日。
  当日、蒼司が指定された待ち合わせ場所に着いたのは、約束の時刻よりも十五分弱早い頃合いだった。出発地点も行先も同じなのだから、わざわざ待ち合わせなどしなくとも……とは思わなくもないが、拓斗に今日のすべてを任せている手前、あまり口出しはできなかった。曰く、「待ち合わせしたほうがなんかデートっぽくない?」とのことだ。なるほど、確かに気持ちはわからなくもない。
  なんとなく手持ち無沙汰になって、蒼司は辺りを見渡してみた。駅前ゆえに往来はそれなりに多く、蒼司たちと同様に待ち合わせ中らしき人々もちらほら見受けられる。
  今日のデートプランについては、蒼司は本当になにも知らされていなかった。事前に知らされているのは、待ち合わせの場所と時間だけだ。それにしても、拓斗は果たして蒼司とどのように過ごしたいと思っているのだろうか。ほんの少しの落ち着かない気持ちと、それを上回るほどの楽しみな気持ち。今朝からずっと足がふわふわと宙を浮いたまま歩いているような気がして、なんだか変な心地だ。
  思えば拓斗と出かけること自体はあっても、こうしてわざわざ待ち合わせまでしてデートをしたことはほとんどなかったな、と今更ながらに思い当たる。ただの幼馴染であったときにも待ち合わせて遊びに行く機会はいくらでもあったはずだが、そのときとなにが違うというのだろう。同じような行動であってもどこか違うような気がするのは、いわゆる心境の変化というものなのだろうか。
  蒼司はそっと鞄に手のひらを当て、息をつく。内側にきちんと「ある」ことを確認して、手を離した。拓斗には「一日がほしい」というひどく抽象的な提案をされ、それを受け入れたものの、やはりきちんとプレゼントも渡したいと思ったからだ。迷いに迷ったけれども、拓斗のことを想って用意したのだから受け取ってほしい。いつ渡そうか、なんて近い未来に思いを馳せていると、やがて聞き慣れた明朗な声が蒼司の思考に割って入ってきた。
「おーい、蒼司!」
「拓斗」
「ごめんごめん、お待たせ!」
「大丈夫、そんなに待ってないから」
  大きく手を振って歩み寄ってくる拓斗に、蒼司はふっと顔をあげた。その姿がぶんぶんと尻尾を振りながら駆けてくる大型犬のようにも見えて、密かに口角をつり上げる。
「……で、これからどこ行くの?」
「それはついてきてからのお楽しみってことで。……ほら、蒼司行こ!」
「あっ、おい拓斗……!」
  急に手を取られたかと思いきや、そのままぐ、と勢いよく腕ごと惹かれた。ぐらりと身体が揺れ、反動でいくらかよろけながらも、蒼司はなんとか足を踏み出して拓斗のあとに続く。
  いきなり引っ張るな、だとか。人前で手を繋ぐなんて、だとか。言いたいことは山ほどあるはずなのに、それらはなぜだか蒼司の喉の奥で引っかかって出てくる気配がなかった。おそらくは自分と同様に、拓斗もまた「デート」という非日常に浮足立っているのが一目瞭然だからだ。今日この瞬間を彼がどれほど待ち望んできたのかと、想像せずとも容易にわかる。前方を歩く拓斗に「待て」と言い添えながら、蒼司はいそいそと彼の横に追いつき、並び歩いた。

「……映画?」
「そ。こないだ公開されたばっかのやつなんだけど、蒼司と見たら楽しいかなと思って。……どう?」
「うん、いいんじゃない?」
  行先も知れぬままに連れてこられたのは、映画館だった。思えば、映画館に来るのは随分と久々かもしれない。決して映画自体は嫌いではないのだが、ひとりで劇場にまで足を運ぼうと思うほどの熱量はなく、かといって自分から誰かを誘うというのもなんとなく躊躇ってしまうからである。
  拓斗が提案してきたのは、公開してから間もないアクション映画だった。話題性もあり、蒼司自身も少し気になっていたのでちょうどいい機会だ。拓斗とともに窓口でチケットを購入し、売店でドリンクを買う。「やっぱり映画見るならポップコーンもいるよな!」という拓斗の言葉により、塩味とキャラメル味が半々に入ったポップコーンも購入した。
  直に入場のアナウンスが館内にかかり、ふたりはシアターへと向かって歩く。人々の話し声、足音、それから横に並ぶ彼の杖をつく音。一歩、また一歩と静寂に近づくにつれ、自然と胸が高鳴るようだった。
「転ぶなよ」
「わかってるよ」
  シアター内は既に薄暗く、フットライトの明かりが座席への道標となっている。なんとなく気にかかって拓斗を見遣るが、あいかわらず楽しげな笑みを浮かべるばかりであった。即座に返ってきた柔らかな声に、蒼司はそっと安堵の交じった息をつく。そうしてスクリーンに映し出されている予告映像を横目に、ふたりは指定された席へとまっすぐ辿り着いた。人気作ゆえに観客はそれなりに入っているようだったが、なかなか観やすそうな座席だ。
「楽しみだなあ」
「そうだな」
  着席し、ドリンクホルダーに飲み物とポップコーンの入った容器をセットする。早速ポップコーンに手を伸ばした拓斗が、美味いと静かに呟いた。するとなにを思ったか、拓斗は塩味のポップコーンをひとつまみし、今度は蒼司の名を呼んだ。拓斗のほうへと顔を向けると、白い塊を摘んだままの指先はちょうど蒼司の口元辺りに寄せられている。
「蒼司もほら、あーん」
「い、いいよ……。自分で食べられるって……」
「えー?  だってこういうの、なんかデートっぽいじゃん」
「いやまあ……そうだけど……」
  期待のこもる瞳にまじまじと見つめられ、蒼司はわずかにたじろいだ。いくら薄暗がりの中とはいえ、公衆の面前であることには変わりない。とはいえデート中であるのもまた事実だし、そもそも今日は拓斗の誕生日だ。「一日をあげる」と彼に約束した手前、拓斗のしたいようにさせてあげたい気持ちも確かにある。
  蒼司は一瞬拓斗から目を逸らし、そしておもむろに向き直った。それから拓斗の指先にそろりと顔を寄せ、口を開く。どうにでもなれ、と内心ひとりごちながら。
  少し薄めの塩味が、口いっぱいに広がっていく。美味しいことには美味しいのだが、なんだかいたたまれないような、擽ったいような気持ちが胸を支配した。ほんのりとした朱色を頬に湛えたまま、蒼司は拓斗を見遣る。先ほど以上にきらめいている翠の視線が、痛いほどに突き刺さるようだった。
「ね、美味いでしょ?」
「そうだけど、っ……」
「はは。蒼司、顔真っ赤」
「そんなことない。……ほら、そろそろ始まるぞ」
「あ、ほんとだ」
  ほどなくして上映開始のブザーが鳴り、いそいそとスクリーンに向き直る。未だ引かない顔の熱を引き摺りながらも、蒼司はなんとか意識を映像へと集中させた。



「あー、面白かった!」
「そうだな。話題になるだけはあるよ」
  上映を終え、ふたりは明るくなったシアターを後にした。先ほどから興奮冷めやらぬといった様子の拓斗の隣で、蒼司はうんうんと相槌を打つ。実際、映画は非常に出来がよく、最後の最後まで手に汗握る展開が続いて目が離せなかった。それにこの興奮はきっと、映画館の大きなスクリーンで観たからこそのものもあるだろう。
「拓斗、今日は誘ってくれてありがとう」
「うん、俺も蒼司と一緒に観に来られてよかったよ!」
  楽しいなあ、と続けられた拓斗の言葉に、蒼司も頷く。確かにきっかけは拓斗への誕生日プレゼントとしての一日であったけれど、こうして改まってデートをするのもたまにはいいかもな、と蒼司は内心ひとりごちた。
  時刻は午後一時をいくらか過ぎた頃合いだ。映画館の外は晴れやかな夏空が広がり、燦々と陽光が降り注いでいる。――まるで太陽までもが今日を祝福しているかのような、そんな。
「このあとどうする?  どっかで昼飯食べたいなって思うんだけど」
「俺はどこでもいいよ。今日は拓斗に任せる」
「オッケー!  じゃあ行こ!」
  スキップでもしそうな勢いの拓斗に、蒼司もまた続く。観たばかりの映画の感想を語らう道中は、夏の暑ささえ忘れてしまうほどに白熱した。

  表通りから少しだけ外れた場所に佇む小ぢんまりとしたカフェは、昼時であるにもかかわらず、思いのほか混み合ってはいなかった。よくこんな穴場っぽい場所を知っていたなと蒼司が感心していると、事前に調べていたのだと拓斗から答えが返ってくる。こういう楽しい時間に対する下調べを欠かさないのが、本当に拓斗らしい。
  数組分の待ち時間を経て、ふたりは案内された席へとついた。どこか懐かしい、落ち着いた雰囲気の店内には、柔らかな音色の器楽曲が流れている。食欲をそそる香りも相まって、きゅう、と腹の音がかすかに鳴った。
「わ、ランチセットだけでも何種類かあるな。蒼司、どれにする?」
「んー。……じゃあ、オムライスのやつ」
「俺は……そうだな。あ、ナポリタンにしよっと」
  呼鈴を鳴らし、店員に注文を伝え終えたところで蒼司はふと息をついた。グラスに注がれた水をひと口含み、喉を潤す。からん、と氷同士の擦れる音が鳴り、柔らかな色をした翠と視線がぶつかった。
「……なに」
「んーん、なんでもない。ただ、誕生日に蒼司とデートできて幸せだなーって思ってるだけ」
「そう。……ならよかった」
  なんのてらいもない言葉に、蒼司はほんのりと顔に熱が溜まっていくのを自覚した。照れ隠しに水をもうひと口だけ飲んで、「……俺も」と消え入りそうなほどの声で呟く。だがそれすらも拓斗はしっかりと掬い取ったようで、彼はよりいっそう頬を緩ませていた。
  そうして他愛もない会話をいくつか重ねているうちに、注文したランチセットが運ばれてくる。眼前に出されたできたての料理の香りが、ふわりと鼻孔を擽った。いただきますと口にしてから、蒼司はスプーンを手に取る。オムライスにはたっぷりとデミグラスソースがかかっていて、スプーンでそっと割り開けばとろとろとした半熟の卵が白い皿の上にこぼれ落ちた。
「ん、美味い!」
  ひと足先にナポリタンを口にしていた拓斗も、その味に舌鼓を打っていた。たくさんの具材とケチャップソースが絶妙に絡み合ったナポリタンもまた、見るからに美味しそうだ。蒼司もオムライスをひと口掬い取り、口に運ぶ。こちらも見た目と違わず、まろやかな味わいがとても美味しい。
「こっちも美味しいよ」
「そっか!  よかった、ここにして」
「そうだな。拓斗が調べといてくれたおかげだ」
  ありがとうと素直に言えば、拓斗はどういたしましてとはにかむ。ぱくぱくと口に運んでいくさまは単純に料理の美味しさもあるだろうが、おそらくは照れているのもあるのだろう。そんな拓斗の様子に、自然と頬も緩まずにはいられない。
  ふとした思いつきで、蒼司は手元のスプーンにオムライスをひと口よそった。そして拓斗、と名を呼んで顔をこちらに向かせると、そのままスプーンを彼のほうへと近づける。
「はい、ひと口あげる」
「えっ」
「なんだよ、お前だってさっきしたくせに」
「……もしかして、仕返し?」
「うん」
「もー、蒼司ってば……」
  可愛すぎるんだけど、とひとりごちてから、拓斗は大きく口を開けた。その独り言に対して「うるさい」と言い返して、蒼司はスプーンをそっと拓斗の口に入れる。どこか赤みを帯びた拓斗の頬に気がついたそのとき、つられるようにして蒼司の顔にも熱が灯った。
「……どう?」
「すっげえ美味しい。……蒼司が食べさせてくれたからかも」
「なにバカなこと言ってんだよ、まったく……」
「蒼司もナポリタン、食べるだろ?  はい」
「……はいはい、わかったよ」
  くるくるとフォークに巻き付けられたナポリタンが、先ほど蒼司がしたのと同じように眼前へと差し出された。蒼司はため息をひとつこぼし、観念する。――なぜだろうか。拓斗の手ずから口に運ばれたナポリタンは、どこか甘酸っぱいような味がした。



  昼食を終えて外に出ると、そこには相変わらず真夏の世界が広がっていた。地元の暑さとはまた別物とはいえ、暑いことには変わりない。カフェを出たばかりではあるが、クーラーの効いた室内が恋しくないといえばいささか嘘になる。
「どうする? そろそろ帰るか?」
「うーん、俺はもうちょっとだけ蒼司とふたりでいたいかな」
「……まあ、うん。そうだな」
  拓斗の誕生日会が始まるまでは、まだもういくらかの時間が残されている。実は日中に拓斗とふたりで出かけることは、コンミスを通じて皆に告げていた。というのも、理由も告げることなく当日の事前準備に参加できないとなれば、かえって変に思われるに決まっているからだ。
  オケのメンバーを始めとした周囲の大半にはなぜか既に拓斗との関係を知られているため、「楽しんできてね」とふたつ返事で了承を得ていた。とはいえ、やはり直前の準備を他の皆に任せきりにしてしまったことを、申し訳なく思う気持ちがないわけではない。だからこそ少しくらいは手伝いたい気持ちもあるものの、拓斗と過ごすふたりきりの時間に名残惜しさを感じているのもまた事実であった。
「そうだ!  公園でも散歩しようよ、アイス買ってさ」
「いや、まだ食べるのかよ。……まあ暑いし、別にいいけど」
「よし、決まりな!」
  そう言ってごく自然に手を取られ、蒼司の心臓がわずかに跳ねる。人目だとか、羞恥心だとか、汗ばんだ手だとか。気にかかることはあれども、結局はすぐに拓斗の手を握り返した。せっかくのデートなのだから、と心の中で結論づけて。

  穏やかな風が優しく頬を撫で、艷のある深い色の髪を揺らす。道中にコンビニで買ったアイスを片手に、ふたりは海沿いの公園へと足を伸ばしていた。真夏に食べる冷たいアイスは確かに格別なのだが、照りつける陽射しがある分、溶ける速度も倍速だ。蒼司は瞬く間に蕩けていくソーダバーを急いで腹に収め、先に食べ終えていたらしい拓斗を見遣る。
「あー、美味しかった!」
「飲むタイプのやつにしとけばよかった」
「はは、言えてる」
  拓斗はからからと笑いながら、蒼司の隣から少しだけ先へと歩き出す。そして蒼司のほうへと振り返っては、更に笑みを深めた。ふたりの間を吹く海風は、潮の香りを纏って遥か彼方へと抜けていく。向日葵のようにどこまでもまっすぐな拓斗の後ろに広がるのは、どこまでも高くてとおい、蒼い空。
  好きだな、と改めて思った。真摯に己を見つめてくる瞳が。全身で愛を伝えてくれる姿が。拓斗に「一日をあげる」という名目であったはずなのに、なんだか自分ばかりがもらっているような気さえした。
「拓斗、」
  蒼司はゆっくりと拓斗に近づくと、鞄から橙色の小包を取り出した。それから「手を出して」と続け、素直に差し出された手のひらの上に小包を乗せる。
「誕生日おめでとう、拓斗」
「……へ?」
  蒼司の予想に反して、なぜだか拓斗はきょとんとしていた。いつもの拓斗ならば、もっと手放しに喜んでもいいような場面ではあったのだが。しかし拓斗もじきに状況を理解したらしく、星々を散りばめたかのような翠の瞳をまるくさせたまま蒼司のことを見つめてくる。
「え、くれるの? 俺に?」
「お前以外いないだろ」
「俺、もう蒼司からいっぱい貰ったのに?  ほんとにいいの?」
「いらないなら返して」
「いらなくない!  絶対絶対返さない!!  めちゃくちゃ嬉しい!!!」
  まるで小包を死守するかのように抱えた拓斗に、蒼司は思わず噴き出した。先ほどまでの様子はなんだったのかと己の目を疑ってしまうほどに、時間差で帰ってきたのは想像以上の反応だ。中身すら知らない状態でここまで喜んでもらえるのならば、やはり渡してよかったなと蒼司は内心感じる。
「ね、開けていい?」
「ダメ。あとでひとりで開けて」
「えー?  ケチ」
「ケチじゃない。……だって恥ずかしいだろ、なんか」
「仕方ないなあ。蒼司がそういうなら、あとのお楽しみにするよ」
  拓斗は大切そうに小包を抱えたまま、改めて蒼司へと向き直った。
「蒼司、今日はほんとにありがとな。俺、今すっげえ幸せだ」
「……うん、俺も楽しかった」
  噛みしめるような言葉に、蒼司の胸がきゅう、と音を立てる。あたたかな感情がとめどなくあふれては、どこまでも心を満たしていくようだった。本当にいつも貰ってばかりだ、と蒼司は思う。だからこそ、少しでも多くのなにかを返していけたらいいと思った。プレゼントに込めた想いも、今日という一日の思い出も。拓斗を大切に思うこの気持ちが、どうか伝わるといいけれど。
  拓斗、と蒼司は呼びかけた。うん、とすぐに柔らかな声が返ってくる。――ああ。ただそれだけで、余りあるほどに幸せだと感じるのだ。
「好き……だよ、拓斗」
「うん。……俺も、蒼司のこと大好きだよ!」
  どちらともなく笑みを浮かべ、手を取り合って。このまま皆のところに帰っちゃおうか、なんて拓斗の言葉に珍しく頷いてしまったのも、きっとひどく浮かれているからに違いない。ふたりきりの時間が終わりを告げるまで、あと少し。真夏の太陽の下で育つ花は、今日も満開に咲き誇る。