せめて写真くらいは、許してほしいと思った。
蒼司、と呼びかけた声に、それまでテキストと向き合っていた眼前の幼馴染がふっと顔を上げた。なに、とぶっきらぼうに呟いた蒼司は拓斗と違い、とうに夏季の課題を済ませている。どうやら今は、過去の単元の復習をしているらしい。
そんな彼が勉強につきあってくれるのは、ひとえに拓斗の課題が終わっていないからに過ぎない。「どうせあとで苦労する羽目になるんだから、さっさとやればいいだろ」とは蒼司の言だが、なんだかんだで毎年こうして課題を見てくれるのだから、本当に面倒見がいいと思う。だからこそ、ついつい毎年のように蒼司に甘えてしまうのだけれども。
いつだって蒼司はきちんと勉強を見てくれて、拓斗が理解するまで根気よく付き合ってくれる。「わからないところがあれば聞け」と言ってくれる蒼司を、何度心強いと思ったことだろう。もはや数えきれないほど、幼い頃からずっと拓斗は蒼司に助けられ続けている。
強くて、優しくて、頭がよくて、かっこよくて。そんな蒼司のことが、拓斗は昔から大好きだった。だが同時に弱くて、頑固で、ちょっぴり素直じゃなくて、可愛い一面があるのも知っている。そしてなにより、蒼司を構成するすべてを愛おしく思っているのを、拓斗ははっきりと自覚していた。
蒼司が好きだ。どうしようもなく、呆れるほどに。だからこそ、拓斗は彼のいろいろな一面が見たくなる。これからも蒼司の一番近くにいて、なんでもないことに笑い合って。そうやって自分の知らない彼を、ひとつでも多く知っていきたいと思うのだ。
けれどきっと、蒼司はそれを望んではいない。
蒼司との間に引かれた目に見えない一線は、今もなお存在し続けている。ひとたびずれてしまった歯車は、たとえその歪みを直したところで、以前とまったく同じにはなりはしない。それは恐らく、この先もずっと変わりないだろう。
思えば蒼司は、いつからかあまり目を合わせてくれなくなった。ちらりとこちらを見て、しかしすぐに視線は逸らされて。その事実に気がついたとき、拓斗がどれほどの淋しさを覚えたことか。それもまた、蒼司は知る由もない。
だからせめて、蒼司とはこれからも幼馴染として近くにいられたらいい。拓斗はにこりと笑みを浮かべ、蒼司を見つめる。
「な、写真撮っていい? 蒼司の」
「は? なんで」
「いいじゃん、なんとなく」
拓斗はカメラアプリを立ち上げ、そのままスマートフォンを構えた。対する蒼司は、あからさまに眉根を寄せている。突拍子のない拓斗の行動に呆れているのが半分、「遊んでいないで宿題の続きをしろ」がもう半分といったところだろう。
別段弁解する気もないので、拓斗はカメラアプリを操作する。しっかりと蒼司にピントを合わせ、それからシャッターを切れば、ぱしゃりと乾いた音が室内に響いた。
「おい拓斗、撮るなって。大体、俺なんて撮ってどうするんだよ」
「ん? なーいしょ!」
「お前な……」
まあいいや、と盛大なため息を吐きながらも許してくれる辺り、本当に蒼司は優しい。だからこうやって俺に付け込まれるんだよ、なんて絶対に言う気はないけれども。
勉強を見てほしいというのも結局、半分くらいはただの口実に過ぎない。誕生日当日、こうして蒼司とふたりきりで過ごせたこと。それから毎年のように、「おめでとう」と律儀に祝ってくれること。それこそが、拓斗にとってなによりのプレゼントなのだから。
画像アプリの一番上。新しく付け加えられたファイルを、拓斗は決められたフォルダへと丁寧に、大切に仕舞い込む。誰にも、それこそ蒼司にすら見つからないように。
――だから今日もまた、拓斗は気付かなかったのだ。ほんのりと色づいた白い肌に、伏せられた長い睫毛に。どうせならお前と、と。拾い上げられずに空気中へ溶けて消えてしまった、淡雪のような呟きに。
一際暑い夏の日に、祝福の音色が鳴り渡る。けれどもふたりが想いを結びあうのは、もう少しだけ先のお話。