世界で一番大切なあなたへ

習作/惟←七

横腹にそっと手を当てる。ここは宝物が埋まる場所。神様が分け与え、繋いでくれた命の証。かつて兄の一部であったものが、今この瞬間も絶え間なく動いている。血縁よりもずっと強い結びつきを忘れたことなど、一時たりともなかった。
  お兄ちゃん、と声なき声がこぼれ落ちる。大切なものに触れるような兄の声が耳の奥を揺らした気がして、無意識に唇を噛んだ。踏み越えてはならない一線を超えた感情を抱いてしまった心にとって、その声のぬくもりはあまりにもあたたかすぎる。
  愛している、なんて陳腐な言葉が堂々と言える関係なら、いっそよかったのだろうか。一瞬でもそう思ってしまった自分に気がつき、途端に反吐が出た。あの人の弟である事実こそ一番の誇りであるはずなのに、心の内に芽生えた不必要な感情がノイズとなって掻き乱す。「弟」の自分しかいらないのに、どうしてこんなにも苦しいのだろう。
  誰かの隣に立つ兄を見るのが嫌だ。俺だけのお兄ちゃんなのに、とひどく子供じみた独占欲が当然のように顔を覗かせる。けれども熱のこもる視線で兄を見つめている存在に気づくたびに、将来の兄の伴侶について否が応でも意識せざるを得なくなっていた。兄に群がるその他大勢なんて以前はさっさと追い払っていたのに、どうしてだか最近はあまりうまくいかない。なにより、自分が足を掬われては意味がないではないか。
  兄の伴侶にふさわしいのは俺じゃない。だって兄は俺を誰よりも大切に思ってくれているけれど、それは「弟」としてだから。困らせるとわかっているのに、打ち明けられるはずなんてない。苦しい、つらい、こんな気持ち、なければよかったのに。
  大好きな大切なお兄ちゃん。俺の命を繋いでくれた人。誰よりも尊敬する、たったひとりの兄弟。どうか、どうかこの想いには一生気づかないでいて。