女装要素有
蒼井悠介と蒼井享介は、一卵性双生児である。故に容姿や背格好、足のサイズまでもが極めて近しい。更にいえば思考回路までもが、どことなく似通っていた。
非常に仲の良い兄弟であるふたりだが、時には互いに譲れないことだってあるし、喧嘩だってする。だが経験上、ただのじゃんけんでは決着がつかない場面が多い。ならば、どのようにして物事を決するのか。それは他でもない、「TCG」である。
TCG《トレーディングカードゲーム》とは、幾万種にも及ぶカードの中から選び抜いた数十枚の束――「デッキ」を用いて闘う、卓上ゲームの一種である。デッキはカード同士の相性だけでなく、相手の戦略へ対処できるよう組み上げるため、正に己の魂を込めた存在だ。幼い頃、近所に住んでいた年上の少年に教えてもらってからというものの、ふたりは事あるごとにデッキのカードを手繰り寄せていた。
例えば、冷蔵庫のプリンがひとつだけ余っていたとき。貰い物のケーキが別の種類だったとき。お気に入りのゲームで、どちらが一プレイヤーを使うか決めるとき。いつだってふたりは、デッキに互いの想いを委ねてきたのだ。そう、それはアイドルを始めてからも――ふたりの関係に「恋人」という新たなカテゴリが増えてからも変わりはない。
「……絶っ対に着ないからな」
「えー? なんでだよ、享介のケチ」
盛大に眉を顰めながら、享介は全力で首を横に振る。拗ねたように頬を膨らませる悠介が手にしているのは、一着の愛らしいメイド服だった。
そもそも悠介は、この衣装をどこで手に入れたのだろうか。ご丁寧にヘッドドレスやニーハイソックスまで揃えてある辺り、妙に用意周到だ。考えるだけ無駄な気はするものの、どうにも考えずにはいられなかった。
悠介の突拍子のなさというものは、決して今に始まったことではない。けれどもいい加減、毎度付き合わされる身にもなってほしいものだ。返事代わりに溜め息を零せば、悠介はわざとらしく言葉を続けた。
「絶対かわいいと思うのにな、享介のメイドサン。……ね、やっぱりダメ?」
「可愛く言っても、ダメなものはダメ。……大体、恥ずかしいし。こんなフリフリなの」
「フリフリなのがいいんだってば。……じゃあさ、デュエルしようぜ! オレが勝ったら、享介メイド服着てよ!」
いい考えだと言わんばかりの表情を浮かべながら、悠介がメイド服を突きつけてくる。裏を返せば、この勝負に勝てばメイド服を着ずに済むというわけだ。だとすると、享介とて負けるわけにはいかない。だが現状、悠介にとっての敗北のリスクが今ひとつ少ないように思い、享介はぽつりと問いかけた。
「……じゃあさ、俺が勝ったら?」
「んー。……あ。じゃあ、オレが着るとか?」
「なんでそうなるんだよ。……別にいいけどさ」
享介が再び溜め息を吐けば、悠介はからからと快活に笑む。悠介もまた、負ける気は更々ないらしい。おもむろにストレージボックスへと手を伸ばす兄を横目に、享介は一度自室へと戻った。
◇
(……負けたくない、絶対に)
自らのストレージボックスを開き、享介は逡巡する。整頓されたその箱には、かつて享介が組み上げた幾つかのデッキが収められていた。
果たして悠介は今回、どんなデッキを使ってくるだろう。今まで幾度となく対戦を重ねてきたが、勝負は常に五分五分だ。デッキの種類や展開パターン、加えて悠介の手癖。概ね把握はしていても、デッキ同士の相性が悪ければ太刀打ちできないこともある。
なにはともあれ、平常心が一番だ。享介は心を落ち着かせるべく、自身の胸に手を当て、深呼吸をする。そしてひとつのデッキを取り、悠介の部屋へと戻った。
一方で悠介は、既にデュエルの準備を終えていたようだった。机上には二人分のプレイマットが敷かれ、その片方には悠介のデッキが乗っている。享介は兄と向かい合うように座ると、同様にデッキを机上へと置いた。
「……享介、準備はいい?」
「もちろん」
負けるつもりはない、と。強い意志を込めた瞳を向けながら、享介は自身のメインデッキをシャッフルする。そして悠介にそれを差し出すと、今度は手元にきた兄のメインデッキをカットした。
そうして互いのデッキをカット・シャッフルし終えたところで、いよいよ勝負の幕は上がる。――デュエル! 掛け声と共に、享介は手繰り寄せた手札と対峙した。
◇
「わー! 享介、すっごくかわいい!」
「……っ、うぅ……」
――結論からいえば、享介は敗北した。
別段プレイミスをしたわけでも、悠介のデッキとの相性が悪かったわけでもない。ただ悠介は時折、妙に強運な引きを見せることがあるのだ。「運も実力のうち」とはよく言ったものだが、今回の悠介は運さえも味方につけてしまったらしい。故に享介は今、約束通り可愛らしいメイド服に身を包んでいた。
「なにが楽しいんだよ、こんなの……」
「え? かわいい服着て恥ずかしそうにしてる享介を見るの、すっごく楽しいけど」
「なにそれ……」
心底満足げな悠介を直視できずに、享介はそっと兄から視線を逸らした。じわじわと頬に熱が溜まっていくのが嫌でもわかり、享介はふんわりとしたスカートをきゅっと握りしめる。
「……享介、きょーすけ」
慈しみの籠もる声に、覗き込むような視線。半ば悠介から逃れるように身を捩れば、享介の着用するスカートには一層皺が刻まれていく。ねえ、こっち向いてよ。そんな悠介の言葉が聴覚を擽って、思わず喉がひくりと震えた。
瞬間、悠介の指先が朱く染まった享介の頬へと触れる。自然と顔が上を向き、熱を帯びた橙と視線が交わる。程なくして、享介の唇に柔らかなものが静かに重ねられた。
「っ、ん……」
「やっぱり享介、かわいいなあ。……ね。もう一回、キスしてもいい?」
小さく首を擡げながら、悠介がそっと伺いを立ててくる。享介自身、強請るような兄の仕草に弱い自覚はあった。つい絆されてしまいそうになるのだ。そのことを悠介がわかっているか否かは、定かではないが。
心の中で密かに呟く、悠介に対する敗北宣言。けれども享介とて、負けっぱなしは趣味ではない。悠介の衣服の裾を掴み、軽く引き寄せて。そのまま唇を寄せてやれば、不意打ちの出来上がりだ。瞬く間に赤らんだ悠介の頬に「可愛い」と言い返して、今度はどちらともなく口づけを交わした。