after White day

兄と揃って帰宅したのは、既に夜も更けた頃合いだった。無事好評のうちに終演した、今日のHigh×Jokerとのホワイトデーライブ。公演後の高揚感が未だ抜けぬまま、享介はソファに凭れていた。
「享介」
  不意に聞こえた悠介の声に、隣へと向き直る。なに、と首を傾げれば、悠介は手の中のものをこちらに見せてきた。
「はい、これ」
「……これ、ギモーヴ?」
「うん。享介の分も買ってたんだ、実は」
  どうやらプレゼント選びの際、一緒に買っていたらしい。手渡してきたものは、彼がファンのために選んだというギモーヴと同じ種類であった。
(あの子のと、一緒のやつだ……)
  悠介からの贈り物は嬉しいはずなのに、どうしたのだろう。心の片隅がもやもやとして、なんだか面白くない。それでもありがと、と呟いて受け取れば、悠介はちらりと顔を覗き込んできた。
「……あ。享介いま、つまんないなって思ったでしょ」
「してない」
「ウソだ。……ファンの子にあげたのと一緒だからつまんない?」
「……そんなことない」
  ふい、と悠介からそっと目を逸らす。けれども次の瞬間、温かな手のひらで頬を柔く包まれた。それからすぐに顔を上げさせられて、悠介の視線とかち合う。
  蜜柑色の瞳に映る己の顔は、一体どんな顔をしているのだろう。一度交わった視線は逸らすことさえ叶わなくて、享介はぎり、と奥歯を噛み締めた。
「ね、享介」
「……なんだよ」
「これ、一緒に食べようよ」
  言うが早いか、悠介は享介の手元にあった箱のラッピングを解き、開封する。なにを、と言う前には既に、兄はその中のひとつ、真っ赤なハートのギモーヴを指先で摘まんでいた。
  そして悠介はそれを唇で咥えると、そのまま享介の顔へと近づいてくる。いつもならばすぐに覚える感触よりも先に唇へと触れたのは、独特の感触だ。
  マシュマロよりも固く、唇よりも柔い。薄く開いていた唇からそっと押し込まれ、口内には甘酸っぱいラズベリーの味が広がった。
「っん、んん……ぅ」
  享介の口内を味わうように、悠介の舌が行き来する。その度にギモーヴが転がり、程よい甘味と酸味が舌先を刺激した。
「……うん、おいしい」
「……っは……。……悠介なに、いきなり」
  唇が離れ、悠介はあっけらかんとした笑みを浮かべる。享介は口内に残されたギモーヴを飲み込むと、指先でそっと唇に触れた。
「だって享介、キスしてほしそうな顔してた」
「……してないから」
「……けど、今のはファンの子には絶対してあげられないことでしょ?」
  享介の心を見透かしたような言葉に、思わず肩がぴくんと揺れる。その様を見た悠介は、くすりと口角をつり上げた。
「いつだって享介は、オレのトクベツだから」
「うん」
「……享介はオレのこと、好き?」
「好き、大好き。俺の特別も悠介だよ」
  勢いのまま、享介は兄の身体を抱き締める。背中にはすぐに腕が回されて、そのままどちらともなく口づけを交わした。
  ホワイトデーが終わりを告げるまで、あと五分。