「……なあ、悠介」
リビングでのんびりしていた昼下がり。不意に名を呼ばれて振り向くと、すぐ目の前にはあったのは弟の顔だった。どうしたのだろうか、と悠介は小さく口を開きかける。けれど口の開ききらないまま、驚く暇すらないうちに、享介によって唇が塞がれた。
「んっ、……ぅ」
吐息ごと奪われ、舌で口内を弄られる感覚。珍しく自分から口付けてきた享介に、悠介は僅かながらの疑問を抱いた。自然と漏れる自身の濡れた声を耳にしながらも、悠介は為すがままの現状がなんだか腑に落ちずに、享介の動きに応えるようにして舌を伸ばし返す。
絡めた舌は熱を孕み、思わず蕩けてしまいそうだ。けれどそうした交わった熱の中に、悠介はふとあるものを感じ取った。
(享介の口の中、甘い……?)
口内に広がる、微かな甘み。一体何だろうか、この味は。舌先から伝わるのは、どこかで味わったことのあるような甘みと、仄かに残るバニラビーンズの香り。確実に知っているはずの味に、悠介は懸命に思考を巡らせた。
絶対に口にしたことがあるとは思うのだが、果たして何処で食べたのだったか。そういえば、これによく似た味のものを、つい最近口にしたような気がする。答えはもうすぐそこまで出掛っているはずなのに、思い出せそうで思い出せない。
もどかしさを覚えながら、悠介は味の正体を確かめるように享介の舌を吸い、口内を弄る。夢中になるあまり、鼻から抜けるような吐息を漏らす弟の現状にも気が付かぬまま、悠介は思案を続けていた。
(……あ、そっか。分かった)
口蓋に舌を這わせ、もう一度舌を吸う。そのとき、遂に悠介は追い求めていた答えに辿り着いたのであった。すっと享介から身体を離すと、悠介は自慢げに口を開く。
「……シュークリームだ!」
間違いない、と確信を持って悠介は享介を見遣る。だが当の享介はというと、口付けの余韻の冷めやらぬ顔のまま、首を傾げていた。
「……何が?」
「なにが、って……えっ? 享介、シュークリーム食べたんでしょ?」
「いや、食べたけど……突然どうしたの」
享介は意味が分からない、といった表情で、こちらを見つめ返してくる。未だ首を傾げたままの弟に、悠介は再度口を開いた。
「だって享介、いきなりキスしてくるんだもん。なんでかなーって考えてたんだけど、そしたら享介の口の中、甘かったからさー」
「ええと、それは……」
言いよどむ享介に、今度は悠介が首を傾げる番であった。小さく唸る享介に疑問を抱いたものの、しかし問い詰めることはせず、彼の言葉を待つ。それから暫くして、恥ずかしそうに目線を少し逸らしながら、享介はぽつりと呟いた。
「……今日は、イタズラしてもいい日だと思って」
ハロウィンだし、と。付け加えられたその言葉で初めて、悠介は気が付いた。今日は十月三十一日――世間では「ハロウィン」と言われている日だということを。そして先程弟が突然口付けてきたその行為は、ハロウィンに纏わる「イタズラ」の一環であったということを。
「享介~!」
「うわっ、なに!」
その全てが可愛くて、愛おしくて堪らない。どうしてこうも可愛いんだろうか、享介は。未だ顔を紅潮させたまま俯いていた愛しい弟を、悠介は思い切り抱き締めた。