「あー、どうしよっか……」
加地が昇降口を出るとザアザアと雨が降り続いていた。
普段なら鞄に折り畳み傘を入れているはずなのに今日に限って何故か忘れてしまっていた。
これで楽器を持っていなければ駅まで走っていくこともできたであろうが、今日はアンサンブルの練習があったために楽器を持ってきていた。
楽器を持った状態で濡れて帰るわけにもいかない。
しかも雨足は強くなる一方で一向に止みそうにない。
仕方ないのでもう少しだけ様子を見て雨が弱くなるのを待とうと思い、雨に濡れないように昇降口へと入りなおした。
すると何か――感触からして恐らく人だ――とぶつかってしまった。
後ろを振り向くとそこにいたのは恐らく理事に会いに来ていたであろう、制服姿の衛藤桐也であった。
「あっ、すみません! ……ってあれ? 衛藤くんじゃない。どうしたの?」
「葵さんこそどうしてこんなとこいるわけ? てっきりもう帰ったと思ってたけど」
「えーと、それがね?」
加地は衛藤に今の状況を事細かに話した。
「要するに、傘がなくて帰れなかったんだ?」
「うん、そう」
どうしよっかなー、と考え込む加地を見て、それなら学校に傘借りて帰ったら良かったのにと呆れつつも、そんな加地だから可愛いのだと衛藤は思った。
「それならさ、葵さん」
「何?」
「俺の傘入る?」
「へ?」
「それならさ、葵さんも雨の中を濡れずに帰れていいだろ?」
「え、でも……迷惑じゃない?」
「大丈夫だって。それにほら、俺も葵さんと帰りたいし」
いいだろ? と衛藤が言うと、じゃあお言葉に甘えて、と加地は言った。
◇
雨がシトシト降り続く中、二人はゆっくりと歩いていた。
「ねぇ、」
「何?」
「やっぱり迷惑じゃなかった? 衛藤くん濡れてるよ?」
「葵さんは気にしすぎ。てか俺は濡れても大丈夫だから。風邪とかめったに引かないしね。でも葵さんが風邪引いたりしたら心配だから葵さんは濡れないようにしろよ?」
「うん、ありがと。でも衛藤くんも風邪引かないようにしてね?」
そう言って加地は微笑む。
「葵さんその顔可愛すぎ……」
「かっ……!?」
衛藤がぼそっと呟くとそれが聞こえていたらしく、加地の顔は真っ赤になっていた。
そんなこんなで駅の近くに近付き、そうして別れ際。
あんなに降っていた雨ももう止んでいた。
「なあ葵さん」
「?」
「今日、楽しかった?」
「うん、衛藤くんと帰れて楽しかったよ」
「じゃあ明日からもさ、こうやって一緒に帰らない?」
「えっ、いいの?」
「てかこっちが提案してるんだけど……。だから、一緒に帰らない?」
「うん!」
「ありがとな、じゃあ俺こっちだから」
そうやって衛藤が家の方面へ向かって歩きだすと、バイバイと手を振った加地が見えたので手を振り返した。
……たまには雨もいいかもしれない。
以前のサイトよりも更に前のサイトに載せていた関係で、初稿の執筆日が分からない文のひとつ。