トクベツなんてなくとも

大学生同棲設定
LC!5開催記念ワンドロライ【お題:プレゼント】

特別なイベントがあるわけでも、記念日というわけでもない。ただ街中を歩いていて、なんとなく目に留まったのがきっかけだった。
  秋も深まり冬の足音が迫る中、学人はふと店の前で立ち止まる。ハロウィンを過ぎれば世間はたちまちクリスマス商戦へと漕ぎ出していて、その最たる場所がケーキ屋であった。窓辺に「クリスマスケーキ予約受付中」というポスターが貼られたその店は、どうやら少し前にオープンしたところらしい。個人経営なのか、こぢんまりとした店構えがなんとも可愛らしい印象を受ける。
(……ふむ、ケーキですか)
  数ヶ月前、ひとつ年下である恋人の大学進学を機に始まった同棲生活。思い浮かべるのは、幼い頃からずっと大切に想ってきた遊我のことだ。
  遊我も学人も、甘味に対して特段拘りがあるわけではない。そのせいか和菓子は時折頂きものを食べることがあっても、洋菓子は自ずから進んで食べる機会がさほどなかった。たまにはケーキというのもいいだろうか。そして美味しければ、クリスマスケーキを予約しに来てもいいかもしれない。そんなことを思いながら、学人はからん、と鳴る扉を開いたのだった。



  白い小箱を片手に、帰路へと立ち戻る。二人分のカットケーキがちょうど入るほどのそれは、店名だけが入ったシンプルなデザインだ。滅多に食べないのもあって多少迷ったのだが、結局はオーソドックスなショートケーキとチョコレートケーキをひとつずつ選択した。
  どんな反応をするだろうか。イベントごとがあるわけでもないから、少しくらいは驚いたりするのだろうか。なんにせよ、遊我のことだからきっと興味はもってくれるだろう。今からふたりで食べる時間が楽しみで仕方ないと、遊我のことを考えるだけで自然と足取りも軽くなっていく。早く会いたい、だなんて。自分でもどうしようもないと思ってしまうほど、浮かれているのは明白だった。
  自宅マンションの少し手前にある、交差点の横断歩道。赤信号で立ち止まって、学人はほうと息をついた。日に日に寒さの増していく今日この頃、そろそろマフラーや手袋などの防寒具を用意しておくべきだろう。なんて思いを巡らせていると、不意にとんとん、と肩を軽く叩かれる。学人、と優しく声をかけられながら。
「――っ、遊我くん!?」
「へへ、追いついた」
  わずかに息を切らせた遊我は、ほんのりと頬に赤みが差している。にこにことあたたかな笑顔を浮かべながら指で小さくピースサインをするその姿に、学人もまた頬を緩ませた。
「走ってきたのですか?」
「うん、学人が見えたからつい」
「では、一緒に帰りましょうか」
  赤から青へ、目の前の信号が切り替わる。周囲の人が対岸へ渡っていくのと同様に、ふたりもゆっくりと歩きだした。精神的にも身長的にも昔よりぐっと縮まった距離感は、心をひどく落ち着かせる。そこでようやく小さな重みを思い出して、学人は「そういえば」と話を切り出した。
「今日はケーキを買ってきたんです」
「ケーキ?  今日ってなにかあったっけ」
「いいえ、そういうわけではありませんが。なんとなくケーキ屋さんが目に入ってですね」
「そうなんだ。ケーキってなんだか特別な感じするけど、別にそうじゃなくても食べていいもんね。ボク、食べるのすっごく楽しみだな」
  ありがと、とごく自然に口にした遊我に、どういたしまして、と微笑み返す。遊我のそういうところが好きなのだと、改めて思った。
  この先の未来、つらいことも苦しいこともたくさんあるだろう。それでも遊我の傍にいられたならば、乗り越えていけるだけの力を貰えるような気がしている。特別な日常じゃなくていい。ただ平穏に、大切な人とともにいられる日々を願って。左手に触れた愛おしいぬくもりを感じるべく、学人はきゅっと手のひらを握りしめた。