首元にきみのぬくもりを感じて

高校生くらいの設定
LC!6開催記念ワンドロライ【お題:マフラー】

放課後、生徒会の仕事を終えた学人は昇降口のすぐ傍で人を待っていた。例年よりも気温の低い今日、冷たい風が時折頬を掠めては過ぎ去っていく。やはりマフラーを着けてきて正解だったと、今朝の選択を振り返りながら首元の布に触れた。
  下ろしたてのマフラーは、つい先日購入したばかりのものだ。シンプルかつ上品な色合いのそれは、学人にとって思い入れがある。だからこそ使うタイミングを見計らっていたのだが、思いのほか早くその日は訪れたのだった。
「――学人!」
  すると背後から、聞き慣れた朗らかな声が聞こえてきて振り返る。昇降口で靴を履き替えたばかりの遊我が、そこにはいた。小学生の頃よりも随分と背が伸びた、けれども未だ幼さの残るひとつ年下の大切なひと。お待たせ、と告げるにこやかな表情につられるように、学人の頬も自ずと緩んでいく。見れば、遊我の首元もまた新しいマフラーに包まれていた。
「着けてくれているんですね、それ」
「うん。朝、さすがに寒かったからね。今日が初めてだよ」
「ふふ、私もです。お揃いですね」
  失礼しますね、とひと言断ってから、ほんの少し歪に結ばれた遊我のマフラーに触れる。そして手早く整えると、ありがと、と笑顔が返ってきた。初冬の寒さを凌ぐように、ふたりは自然と寄り添って歩き出す。わずかに触れた指先は、いつもより少しだけ冷たかった。
  きっかけはなんだっただろう。ただなんとなく、というのが一番正確な気がする。お互いがお互いのマフラーを選ぼう、だなんて。果たしてどちらが先に言い出したのかすら曖昧で、けれども今となってはひどく些末なことに過ぎなかった。
  きっと昔の自分ならば、誰かのためにマフラーを選んで――あまつさえ相手にも選んでもらうだなんて、気恥ずかしさが勝ってしまうだろうと思えてやまない。けれども今、こうして遊我の選んだマフラーを身に着けていると、なんだかそれだけで彼を身近に感じられた。それだけではなく、相手もまた自分の選んだものを身に着けてくれているという事実が、どうしようもなく擽ったい気持ちにさせる。
  瞬間、一際強い木枯らしがふたりの間を吹き抜けた。学人は反射的に首を窄め、目を閉じる。
「うー……寒い」
「ですね。マフラーがなければ、凍えてしまうところでした」
  隣で小さく縮こまる遊我を見つめながら、そっと両の手を擦り合わせる。は、と吐く息は白く、澄んだ冬の空気にすぐさま融けて消えた。遊我くん、と呼べば、見上げてくる新緑色の瞳が堪らなく愛おしい。きっと本人に伝えると悔しそうにするだろうけれど、こうして下から見つめてくる視線に慣れ親しんだ身としては、埋まらない身長差さえも手放し難い彼との距離のひとつだ。
  学人は空っぽの手のひらを掬い取るように、そろりと遊我へと触れる。その意図を察した途端、遊我はなにも言わずに握り返してくれた。その代わりに口角を上げ、にこりと笑みを浮かべる。あったかいね、と呟いた遊我の言葉に、手のひらよりもずっと心がぽかぽかと温まるのを感じた。
「ねえ、学人。このまま温かいものでも飲みに行こうよ」
「そうしましょうか」
  始まりを告げたばかりの冬の音が、凛と鳴り響く。けれどどれほど寒くとも、大切な人の傍にいられるのならきっと健やかに過ごせるだろう。
  触れた手と手でふたり分のぬくもりが混じり合い、心までもを満たしていく。ふかふかのマフラーにほんの少し口元を埋めながら、学人はそっと手のひらに力を込めた。