それは、唐突な思いつきだった。
「ねえ彩斗兄さん」
「なあに?」
「キスしてもいい?」
「え…っ?」
ベッドに腰かけて本を読んでいた彩斗は、その突然の言葉に呆然とした。
読みかけの本は手を離れ、重力に従ってばさりと床へ落下した。
ベッド横に備え付けられている丸椅子へと腰かけていた熱斗は、その本を拾うと持ち主へと手渡した。
「なに、急に……」
「ダメ……?」
熱斗に顔を覗き込まれた恥ずかしさのあまり、彩斗はとっさに目線をそらした。
「兄さん、」
「……っ」
「彩斗兄さーん、こっち向いてよー。ねえってば!」
仕方なく熱斗の方へ視線を戻すと、やっとこっち向いてくれた、と嬉しそうに熱斗が笑っていた。
その顔を見て、彩斗は顔に熱が溜まっていくのがはっきりとわかった。
「兄さん顔真っ赤」
「う、うるさいなぁ……!」
「へへっ、可愛い」
「熱斗が突然変なこと言うのがいけないんじゃない……」
「変なこと?」
「キス、しよう……とか」
「うん。ダメ?」
首を軽く擡げて問いかける熱斗。
それが熱斗の作戦のひとつなのか、はたまた無意識の内の行為なのかはわからない。
しかし頷かずにはいられなかった。
なぜなら彩斗は、熱斗のそういった「お願いするときの表情」に、滅法弱かったからだ。
「……ちょっとだけだよ?」
「やったー! ありがとっ!」
熱斗はベッドの方に身を乗り出すと、彩斗の頬に手を添えた。
そしてゆっくりと自らの唇を彩斗のそれへと近づけた。
「……ん……ぅ……、」
最初は浅く緩やかな、触れるだけであったはずのキスは、次第に深いものへと変化していった。
恥ずかしさのあまり拒否していたのにもかかわらず、熱斗に応えるように彩斗も舌を絡める。
熱斗の口付けは相変わらず拙いものではあったが、その拙さが彩斗にとっては酷く心地のいいものであることは明白であった。
「……っ、はぁ……熱斗……」
「彩斗、兄さん……っ」
暫くして離れる頃には、お互いに息が上がっていた。
息を整えると、彩斗はまだ紅潮したままの顔で熱斗を軽く睨みつけた。
「ちょっとだけって言ったじゃない」
「いいじゃん、兄さんも途中から乗り気だっただろ?」
「う……っ、確かにそうかもしれなかったけどさぁ……」
笑って答える熱斗には敵わない。
それに、間違ったことなど何ひとつ言っていないのだから仕方がない。
「ところでさ、その……なんで突然キス、しようとか言い出したの?いや、別に嫌とかそういうのじゃなくって……」
「んー、なんか兄さん見てたら唇柔らかそうだなーって思ってさ、それで」
「……いつもしてるでしょ」
「いや、そうなんだけどさあ。なんでだろうなー」
腕組みをしながら理由を考える熱斗は甚く真剣な表情であった。
そんな弟兼恋人を微笑ましいと眺めながら、兄の表情も緩むのであった。