とける
溶ける、蕩ける。手の中のバニラソフトが、とろりと。
地元とは違う夏の陽射しはまさに茹だるようで、未だに慣れない。――暑い。思わず零れた本音に、隣に座る拓斗の声が重なった。
「ああもう蒼司、アイス溶けてるって!」
「知ってる」
予想よりもずっと早くかたちを失っていく白い塊は、今もなおコーンの端からあふれ、次々と滴り落ちている。けれども液状となったそれをすぐさま拭ったとて、きっと溶ける速度にはかなわないだろう。ならば食べ終えてからでもいいかと、蒼司はそのまま溶けかけのバニラソフトへと口をつける。
するとなにを思ったか、拓斗がそっと蒼司の手首を掴んだ。それから雫の伝う筋をなぞるようにして、彼の唇が軽やかな音とともに触れていく。
「ちょっ、なにして……!」
「ん……。だってこのままじゃ、ドロドロになっちゃうし」
「だとしても、普通に拭いてくれたらいいだろ」
「それはまあ、そうなんだけどさ」
でもさ、と。ひと呼吸を置き、拓斗はにっと笑みを深める。
瞬間、ただ唇を掠めるばかりのキス。すっと細められた翠は、陽光を吸い込んでひどく眩しくきらめく。瞬きさえままならない束の間の出来事は、幾分の時間をかけて脳へと届き、そしてじわじわと蒼司の頬を朱に染めあげた。
「っ、ばかお前、ここ外……!」
「知ってる。……ほーら、蒼司。早くアイス食べないと、もっと垂れてきちゃうよ?」
火照る身体も、蕩けてくる思考も。すべてはきっと、この夏のせいだ。溶けかけたバニラソフトだけでは、もはや冷感を得ることさえままならなかった。
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全然反省してないだろ
下がる眉尻に、潤む翠。夕陽色の頭上には、あるはずのない犬耳が見えるようだ。眼前で項垂れる拓斗の視線が痛く、蒼司は溜息を零す。
「見えるとこに痕つけたのは謝るよ……」
「……次はもう、ないからな」
「わかってるって! あ、でも見えないとこならいいよな?」
「いいわけあるか、バカ!」
千蓮の拓蒼さんは「反省」をテーマに(しかしその語を使わずに)140字SSを書いてみましょう(https://shindanmaker.com/430183)
幼い恋心[拓←蒼]
子供の頃は毎日が楽しかった。流行りのTCGに夢中になったり、虫取りをしたり。隣にはいつもきみがいて、そんな日々が当たり前に続いていくと思い込んでいたのだ。変わらないものなど、ありはしないというのに。
無邪気だったあの頃の自分はもういない。咲きかけの黄色いコスモスだけが、庭の片隅でただ揺れていた。
知りたくなかったものの話
重なる面影
猫の毛がついていた。制服のズボンに、橙の。そういえば昼間、そんな毛色の猫にすり寄られたような気がする。なんとなく拓斗っぽかったな、と急に姿を消した幼馴染に思いを馳せた。彼が無事だと言うのならきっとそうなのだろうが、猫にまで面影を重ねるなんて。――早く帰ってこい、と心の中で呟いた。
猫イベ中のお話
Sweet Valentine
バレンタインのチョコがほしい。だからこそ、まずは自分が用意しようと決めた。誰かに渡そうと思ったのは初めてだけれど、相手を想いながらチョコを選ぶ時間は存外楽しいものだ。それに喜んでくれたらいいな、と当日までの日々を指折り数える時間もまた悪くはなかった。
だってほら、はにかむきみがこんなにも可愛い。今しがた贈ってくれた品を選んだときのきみも、あの日の俺と同じような気持ちでいたのだろうか。たくさんの愛おしさを胸に抱えたまま、目の前にいる大切なひとに口づけた。
VDの話/レゾハ無配