月の光の届く場所

カガテニ開催記念ワンドロライ提出物【お題:月】

その日の月は、一際きれいに輝いていた。

  なんとなく寝つけずに、学人はふと身体を起こす。布団から出て窓辺に立つと、その向こう側に広がる空にはまるい月が浮かんでいた。
  学人は無意識に、手のひらをきゅっと握りしめる。夜空を照らす月は普段よりも大きくて、なんだかその存在を近くに感じられるような気がした。いや、蒼い月の家紋を背負う者として昔から月に対しての思い入れはあったけれど、そうではなく。
  月を見るたび、学人の心には決まって思い浮かぶひとがいた。それは忘れもしない、忘れられるはずのない少年。あの日、傍らにドローンだけを置いてたったひとり宇宙に残った、大切な年下の少年だ。今もなお宇宙のどこかにいるはずの彼を、学人は遠く離れた地球からずっとずっと待ち続けている。
(遊我くん……)
  少しでも傍に感じたくて、学人は大きな音を立てぬように窓を開けた。ふわりと室内に入り込んでくる風が学人の頬を撫で、艷やかな髪を揺らす。柔らかく周囲を包む月光のおかげで、窓の外はほの明るい静寂が広がっていた。
  遊我以外が月から帰還して、もうじき二年が経つ。本当に、長い長い年月だ。
  あの日から、自分だけではなく周りの友人たちの心にも、ぽっかりと人ひとり分の穴が空いたようだった。それほどまでに、王道遊我という人間は大勢の者とラッシュデュエルを通じて繋がっていたから。遊我のいない部室も、卒業式も、入学式も。ひとりの少年がそこにいないのに、日常だけがつつがなく流れていく。
  満開に咲く桜並木を歩きながら、遊我とともに歩けたらどれほどよかったことだろうと思いもした。汗の滴るほどの陽射しを浴びながら、遊我に誘われるがままにアイスキャンディーを買い食いした日のことを思い出した。十五夜の月を眺めながら、隣にいない遊我の面影を追っては胸を掻き抱いた。深々と降り積もる新雪を横目に見ながら、「寒い」と気温を口実にして勢いよく抱きついてきた遊我のぬくもりの残滓を探した。気がつけば学人自身も成長し、より男性らしい体つきへと変化している。――それなのに、隣には遊我だけがいない。
  いつの日か、遊我が帰ってきたとしたら。そのときには、やりたいことも言いたいことも山ほどある。他愛もない話をして、勉強会をして、時々一緒に登下校をして。いろいろなところへ遊びにだっていきたいし、もちろんラッシュデュエルだってしたい。ひとりの友人として、そして――恋人としても、だ。だがまずはなにより、「おかえりなさい」と言いたくてたまらない。
  大丈夫だ、遊我なら。いつかきっと、帰ってきてくれると信じている。だからそのときのために、今はただ遠く離れたこの地から遊我の無事を祈り続けたい。
  柔らかな月光が、白い頬を優しく照らす。あたたかな声が聞こえたような気がして、学人は輝く月へそっと手を伸ばした。