つきのふる夜に

人間の硲先生とお月見うさぎの享介の話。続くつもりが続かなかった。

うさぎ  うさぎ
  なにみて  はねる
  いとしい  あなたさま
  みて  はねる

『つきのふる夜に』

「……なに、その歌?」
  兄が口ずさむメロディがなんとなく気になって、キョウは声を掛ける。それはいつか、どこかで聴いたことのある曲調ではあったが、キョウの記憶の片隅にあったものとはどことなく歌詞が違うような気がした。キョウの声に、うろ覚えの歌詞をなぞる兄――ユウは黒く長い耳を揺らしながら首を傾げる。
「昔、ばーちゃんが教えてくれた歌だよ。キョウ、覚えてない?  確か地球の……ドウヨウ?  ってヤツ」
「童謡?  うーん。でも俺が前に地球で聴いたときのとは、歌詞が違うような気がするけど……」
「えー?  そうだっけ?」
  おかしいなあと呟いたユウは、うーんと小さな唸り声をあげた。そんな兄を笑みながら目で追っていると、ふとモニターの画面がキョウの目に飛び込んでくる。船に備え付けられたそれは、後幾許かで目的地へ到着する旨を知らせてくれていた。もうそんな時間か、と心の中でひとりごちて、キョウは大きな窓の外を見遣る。
  清く麗しき姫君の治める地――月。魔力により発展を遂げたその国には、「月兎」と呼ばれる種族が暮らしていた。幾つかの種が共存する月の国でも、代々この土地を治める「月人」に次ぐ、由緒正しき種族である。彼らは人型でありながら、天に向かってすらりと伸びる長い耳と、綿毛のように柔い尾を有している。長きに渡り王族へ仕える彼らにとって、その特徴的な耳と尾は、勅を賜りし者の持つ誇るべき証でもあった。
  年に一度、月の力が最も高まる「十五夜」の時期。月兎は地球へ赴き、豊穣の魔法を掛けるという勅を受けている。そして地球の民の預かり知らぬうちに、そっと月へと戻っていくのだ。かつて地球の老夫婦に愛情を受けて育てられた姫君が行った「恩返し」が、月の国では今もなお伝統として受け継がれていた。
  そんな月兎として生まれた双子の兄弟・ユウとキョウもまた、銀河の海を渡っている最中である。これから向かうのは、ふたりの生まれ育った地とは違う発展を遂げた、大きな大きな星。年に一度の航海旅行は、文献でしか読んだことのなかった文化に直接触れられる、またとない機会だ。キョウは使命とは関係なしに、毎年この時期を心待ちにしていた。
  眼前に広がるは、広大な星の海と蒼い惑星。いつ目にしても、キョウの心を酷く沸き立たせる。だが恐らくそれはユウも同じで、先程から窓の外を見てはこちらに向き直り、かと思いきやモニターに目を移して、然程広いとはいえない船内をうろうろしては、再び窓の外に目を遣るというのを繰り返している。そわそわと落ち着きのない兄にくすりと笑みを零しながら、キョウは口を開いた。
「もう、ユウってば。少し落ち着きなよ」
「だって、楽しみなんだもん。キョウだってそうでしょ?」
「そうだけどさ……」
「でしょ?  オレ、地球に着いたら食べ歩きしたい!  美味しいもの食べにいこ!」
  瞳をきらきらと輝かせながら、ユウがそんな提案をしてくる。花が咲いたような兄の表情につられるようにしてキョウも顔を綻ばせれば、目の前の彼の笑みは一層深くなった。
  だがその刹那、けたたましい警報音がふたりの会話を裂く。突如轟いた音に驚愕する間もなく、船体はがたりと傾いて、キョウの身体は大きくよろけた。咄嗟に手近な手摺りに身体を預け、キョウはユウに目を遣る。するとふたりの視線はかちりと交わった。
「キョウ、行こう!」
「ああ!」
  ふたりは顔を見合わせ、互いの身体を支え合った。そして自動操縦されているコクピットへと駆け寄る。だがモニターが示していたのは、予想外の事態であった。
「……ユウ、まずい!  魔力切れだ!」
「ええっ!?  いつもと同じ量なんじゃないの!?」
「そのはずなんだけど……。ううん、今更考えたところでどうしようもない。どのみち俺たちの魔力だけじゃ、この船を動かすには足りないよ!」
「そう、だよな……」
  キョウと似通った橙の瞳が、不安げに揺らめく。船は先程よりもずっと音を立てて振動し、立っていることすらやっとだった。襲い来る恐怖心をぐっと堪えるように、キョウは服の裾をきつく握り締める。不安なのは自分だけではない。兄も不安なのだ、と。そう自分に言い聞かせながら、キョウはしっかりと兄を見据えた。
「多分……このまま墜落しちゃうけど。でも落下の衝撃を緩和することくらいなら、俺たちの魔力でもできると思うから」
「そうだな、わかった。……ありがと、キョウ」
  オレばっかり不安になってちゃダメだよな、とユウがひとりごちる。先程までとは違う、強い力を持った瞳に、キョウは少しばかりの安堵を覚えた。
「……もしキョウと違うところに落っこちちゃっても、オレ絶対見つけるから!」
「俺も、何があってもユウのこと探し出すよ!  だからまた、ふたりで帰ろう」
  どちらともなく手を取り、頷く。船体はがたがたと音を立てながら、いよいよ大気圏内へと突入しようとしていた。直に襲い来るであろう強い衝撃に耐えるべく、キョウは目を閉じて意識を集中させる。絶対に助かるのだと、生きて再びユウと手を取り合うのだと、そう心に誓いながら。



  包み込むような月の光を身体に受け、ゆっくりと意識が浮上する。――ああ、生きているのか。うまく働かない頭で思考しながら、キョウはそっと瞼を開いた。視界に入ってきたのは、先刻まで近くにあった星の海に浮かぶ母星の姿。慈愛に満ちた光を放つその星は、手を伸ばしても届かないほど遠い。
  身体の節々が悲鳴を上げているものの、どうやら一応無事に地球へと辿り着けたらしい。だが着地の際に大量の魔力を消費してしまったせいか、キョウの身体は一刻も早い休眠を求めていた。とにかく疲労感が酷く、眠気すら襲いかかってくる。今にも意識を投げ出してしまいそうになりながら、しかしすぐにはっとして、キョウは勢いよく上体を起こした。
「……っ、ユウ!」
  きょろきょろと辺りを見回す。だがそこには見慣れた片割れの姿はおろか、人っ子独りいないようであった。もしかすると、ユウも近くに墜ちたかもしれない。キョウは自分をそう鼓舞して、重たい身体を静かに持ち上げた。それから人間に怪しまれないよう、自身に魔法を施して、特徴的な耳と尾を隠す。なるべく身体に負担を掛けないよう心掛けながらも、急く気持ちは抑えきれずに、キョウは一歩、また一歩と短い草の生えた土を踏みしめていった。
「ユウ!  ユウ、どこだー?」
  植え込みの中や木の下、それから大きな置物の陰。くまなく見て回るうちに、ここが公園であることを把握した。地球の公園には、キョウも以前来たことがある。そこでは子供たちが元気よく駆け回り、思い思いの遊びを楽しんでいた。まるでユウを見ているみたいだと、微笑ましく思った記憶がある。だが当のユウは、どうやらこの周辺にはいないらしい。
(どうしよう……。ユウ、どこにいるんだ?)
  しんとした夜の公園のベンチにひとり腰掛けて、キョウは嘆息する。無事だとは思いたいが、ユウに万が一のことがあったらと思うと気が気でなかった。共に生を受け、ずっと隣にあった大切な半身。その兄を失うことなど、キョウとて考えたくはない。だが不安感は募るばかりで、思考は嫌な方向へばかり傾いてしまう。
  果たしてこれからどこを探して回ろうかと、そう思った矢先のことであった。頭上から聞き覚えのないテノールが降ってくる。どことなく冷たい印象を受けるようなその声に、キョウはびくりと小さく肩を揺らした。
「……君、どうしたんだ?」
  見上げると、そこに立っていたのはひとりの男性だった。声の印象と違わない、かっちりとした服を着込んだ彼は、不審げな視線をこちらに投げかけてくる。一体どう答えたものかとキョウが逡巡していると、彼の方が再び口を開いた。
「こんな夜遅くに子供がひとりでは、危ないだろう。……家には帰らないのか?」
「あ……えっと。……兄を、探していて」
「お兄さんを?」
「はい」
  先の言葉を考えながら、キョウはひとつひとつ言葉を重ねてゆく。男性はそんなキョウに焦れる様子も見せることなく、キョウが話すごとに頷いていた。
「その、ふたりで……ここに来るとき、はぐれちゃって。家はここからずっと遠いところにあるし、兄はいないし、どっちみちすぐには帰れないし……」
「……そうか」
「大切な、双子の兄なんです。元気で、ほっとけなくて、けどいざというときには頼りになって……。俺にとって一番大事なのに、それなのに……」
  ユウのことを口にする度、キョウは目に熱がこみ上げてくるような感覚を抱いた。じわじわと視界が歪み、頬に冷たいものが伝う。だがそのとき、キョウの目元にそっと何かが触れた。涙を拭われたのだとキョウが気付いたのは、彼の手が引いたあとであった。
  視界に入ってきたのは、男性が顎に手を当てる姿。どうやら何かを考え込んでいるらしい。すると不意に、男性のある一点に目が留まった。まるで吸い寄せられるように、キョウはそこから目を逸らせなくなる。
  月明かりに照らされて、透けるように煌めく色素の薄い髪。それは絹糸の如く繊細で、光を受ける度に違う輝きを放っていた。よく見れば顔立ちも整っていて、切れ長な目が印象的だ。綺麗なひとだな、と。キョウが密かにそう思ったとき、おもむろに彼が口を開いた。
「ならば……そうだな。一先ず、私の家に来るというのはどうだろうか」
「あなたの、家に?」
「ああ。勿論、君のお兄さんが見つかるまでいてくれて構わない。……君のような子供に帰る場所がないというのもよくないだろう」
  思いもよらない男性の提案に、キョウは目を見開く。その声色は初めに感じた氷のような冷たさではなく、寧ろ柔く包んでくれる布のような温かさを孕んでいた。思っていたより、怖いひとではないのかもしれない。先程までひとり途方に暮れていたキョウの心に、仄かな暖が灯る。
  どのみちユウと再会するまでは、例え使命を果たしたとて故郷へ帰るつもりはなかった。姫様には申し訳ないけれど、キョウには使命よりももっとずっと大切なものがあるのだ。だから彼の提案は、今のキョウにとってそう悪い申し出ではないのではないだろうか。自分の中でそう結論づけると、キョウは再び彼を見遣った。
「えっと……、暫くの間よろしくお願いします」
  軽く下げた頭に温もりを感じる。オレンジの髪にふわりと触れられて、だがそれはすぐに去ってしまう。そうか、と呟いた男性の大きな手のひらだと気付いたのは、キョウが顔を上げたあとのことだった。
「ならば帰るとしようか」
「はい」
「……それと、君の話しやすいように話してもらって構わない」
「じゃあ……、うん、わかった。俺はキョウ。……あなたは?」
「キョウ君か。私は、硲道夫だ」
「みちおさん……。……よし、覚えた」
  たった今教えてもらった名前を忘れないように、キョウはしっかりと反芻する。夜に独り歩くキョウを気にして、声を掛けてくれた優しいひと。銀糸のような煌めく髪を持つ、綺麗なひと。半身以外に心を許すことはあまり得意ではないはずなのに、どうしてだろうか。硲道夫、と名乗ったその人が、キョウの心にすとんと入ってくる音がしたような気がした。
「みちおさん。これから少しの間、よろしくね」
「ああ、よろしく頼む」
  月明かりの下、手を差し伸べてくる彼の手をそっと取る。船の中で片割れが歌っていたうろ覚えの曲が、何故かキョウの頭で鳴り響き続けていた。



「……どうだ?」
「美味しい!」
「そうか」
  リビングのテーブルに並べられた遅めの夕食を摂りながら、キョウは素直な感想を口にする。これは目の前の彼――硲が、ここに着くなりすぐに用意してくれたものだ。
  ――公園から少し歩いた先の、マンションの一角。そこが硲の家だった。足を踏み入れた彼の部屋は物がきちんと整頓されて収まっており、全体から几帳面さが滲み出ている。簡単なものですまないが、と断りを入れた硲は、キョウをリビングに案内するなりキッチンへと向かってしまった。とはいってもリビングからは目と鼻の先で、彼が夕食を用意してくれていることなど一目瞭然であったが。
  暫くしてキッチンから漂ってきた香りが、キョウの鼻腔を擽った。そのせいか今まで忘れていた空腹感を思い出して、キョウの腹の虫が小さく鳴る。そんなキョウに硲は「好きなだけ食べるといい」と言いながら、出来たての食事を出してくれたのだった。
  地球での食事は、かれこれ一年ぶりだ。去年訪れたときは、一体何を口にしたのだったか。細部までは思い出せないが、彼が手ずから用意してくれた今の食事の方が美味しいように思えた。言葉数も少ないまま、キョウがもくもくと箸を動かしていると、不意に目の前の硲が柔らかな笑みを浮かべた。
「?  みちおさん?」
「いや、すまない。やはり君くらいの年齢の子はよく食べるものだな、と。少し昔を思い出していたんだ」
  以前教師をしていたものでなと、どこか懐かしそうに硲が呟く。キョウがふうん、と返せば、彼は何かを思い出したように再びこちらに目を向けた。
「……そうだ、キョウ君。甘いものは好きだろうか」
「うん、好きだよ?」
「同僚に戴いたのはいいのだが、ひとりでは食べきれるかわからなくてな。君が好きならば丁度いい。よければ用意するが」
「いいの?」
「ああ。持ってくるから、少し待っていてくれたまえ」
  言うなり、彼はすっと立ち上がる。そして硲はまっすぐキッチンへと向かい、冷蔵庫の前に立つ。一方でキョウはといえば、彼の姿勢のいい立ち姿をなんとなく目で追っていた。すらりとしたその体躯は背筋が伸びているせいか、はたまたキョウ自身の背丈のせいか高く見える。公園でも綺麗なひとだとは感じていたが、歩く姿もまた美しいのだなと、キョウはぼんやりと思う。
  とん、と微かな音がしてキョウははっとした。見れば、机上には白い箱が置かれている。どこかで見覚えのある箱に、キョウはすぐに思い当たった。そういえば公園で出会った際、彼が手にしていたような気がするのだ。
「好きなものを選ぶといい」
  硲の長い指が、白い箱を破くことなく丁寧に開いてゆく。そこから姿を現したのは、数種類のケーキであった。ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ。……なるほど、ひとりでは食べきれないといった彼の言葉も真実であろう。
  どれもつやつやと輝いて見えて、キョウは思わず目移りしてしまう。白くて苺の乗ったもの――これは確か「ショートケーキ」というやつだ、それから果物がいっぱい乗っていて、一際つやつやしているもの。あとはふわふわしていて表面に何かが塗られているものと、茶色いもの。さて、どれにするべきだろうかと頭を悩ませていた、そのときのことだ。
  どくん、とキョウの心臓が音を立てる。以前にも体験したことのあるこの感覚に、ざわざわと胸の奥から嫌な予感がこみ上げてきた。キョウは息を呑み、恐る恐る自らの頭部へと手を伸ばす。
「……あっ」
  指先に触れたのは、ふわふわとした長い耳。紛れもなく、キョウ自身のものだ。擬態の魔法が切れてしまったのは、ひとえに興奮しすぎたせいなのだろうか。だがそのことに気がついたときには既に遅く、目の前の彼は小さく目を見開いていた。
「キョウ君、それは……?」
「あー、えっと……。実は、ね?」
  さて、一体どこから説明すべきか。頭の中で順序立てしつつ、キョウは深呼吸する。せめてこのひとに気味悪がられなければいいな、と。そんなことを考えながら、ゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。 
 
「……なるほど。君の話を信じるならば、君は月から来たうさぎさん……ということでいいのだろうか」
  キョウが一通り説明し終えると、硲は然程疑ることもなく、冷静に話を整理した。おおよそ地球の常識とは異なるため、彼がどこまで信じてくれているのかは定かではない。だがキョウの抱えている事情に関しては、とりあえず把握してくれたらしい。それだけで充分だとキョウは安堵し、ふっと息を吐く。
「うん。信じるかどうかは別だけど、大体そんな感じかな」
「いや、嘘ではないのだろう?  君の表情を見ていれば分かる」
「……え、信じてくれるの?」
  大して間を置くことなく首肯する硲に、キョウは瞠目した。すぐには信じてもらえないだろうというキョウの予想は、いとも容易く覆されたらしい。思いの外あっさりとキョウの話を受け入れた彼は至極真面目な面持ちで、そこに冗談などは感じられない。
  全てを信じてもらえなくとも、ただ事実として把握してもらえたならばそれだけでよかった。だというのに、彼はキョウの言葉を信じてくれるのだと、そう言ってくれた。キョウは頬を緩ませながら硲を見つめる。
「ありがとう、みちおさん。信じてくれて……」
  ほう、と息を吐きながら、キョウは呟いた。心の奥から温かなものがこみ上げてきて、じわじわと広がっていく。キョウはあまり抱いたことのない感覚に少しばかり戸惑いながらも、その正体が分からないでいた。
「それで、君のお兄さんを捜すにあたって、何か手がかりはあるのか?」
「うーん。一緒に落っこちたから、大して遠くにはいないと思うんだけど。でも、どこにいるかまでは全く……。ユウ、怪我とかしてないかな……」
「もしかすると街で見かけるかもしれないな。そのときは、君に知らせるとしよう」
「うん。見た目は俺とそっくりだから、すぐにわかると思う……、ふぁ……」
  不意にキョウの口から、大きな欠伸が漏れる。食事をして多少は回復したと思われた体力も、やはり完全には戻っていないらしかった。一度眠気を意識してしまえば、油断するとすぐにその波に浚われてしまいそうになる。急にどっと押し寄せてきた睡魔に打ち勝てるはずもなく、キョウの重い瞼は段々と下がっていった。
「……眠いのか」
「ん……、ちょっと疲れちゃって……」
  うつらうつらと船を漕ぎ始めたキョウを見かねたらしく、硲がすっと席を立つ。そしてキョウの元へと近づいてきて、とんとんと肩を軽く叩いた。
「今日はベッドを使うといい。その方が、疲れはとれると思うから。……立てるか?」
「でも……みちおさんは?」
「私はひとまず来客用の布団を使うとしよう。だからキョウ君、気にせずゆっくり休みなさい」
  でも、と再び言いかけて、キョウは言葉を飲み込んだ。折角彼の方から提案してくれているのだから、素直にお世話になることにしよう。キョウはそう決め込む。そもそも今のキョウには、もうこれ以上とやかく言っていられるだけの元気が残されていなかったのだ。それほどまでに、キョウの身体は一刻も早い休眠を求めていた。キョウは静かに頷いて、鈍い動きのまま立ち上がる。
「じゃあ、お言葉に甘えます」
「うむ。こっちだ」
  硲は柔らかく笑むと、キョウの手をそっと取る。そしてそのまま先導するように歩き始めた。眠い目を擦りながら、キョウは触れられた手のひらをやんわりと握り返す。そして最後の力を振り絞り、彼の後に続いたのだった。

実は全体のプロットは立ててたんですけど、結局完結しませんでした(本当にすみません)。
一緒にごはんを食べたり、ユウくんを探しにふたりで街を歩いたりして過ごすうち、段々とみちおさんに惹かれていくキョウくん。やがてユウくんとも再会し、十五夜を過ぎれば地球にいる理由もなくなる……。そんな中で想いを自覚して、けれどもあっという間に時は過ぎ、いよいよ月からの迎えが来てしまう。
「好きになってごめんなさい。――さようなら」
最後の最後に想いを告げ、キョウくんは精一杯の笑顔を浮かべながら月へと帰還するのであった。
――翌年の秋。キョウくんはユウくんとともに再び地球へとやってくる。あの人はもう俺のことを忘れたかな、なんて思いながら月を見上げていると、不意に声が聞こえて振り返る。
ここに来ればまた君に会えると思った、と。1年前に出会った夜の公園で、ふたりは再会するのであった。
 
……みたいなお話でした。